2018年10月21日

半世紀.正確には48年

市内に買い物に来た娘夫婦からメールが入り、昼ご飯を済ませてから来てくれるという。
乾麺の蕎麦でよければ一緒にと勧めたが外で食べて来ると言う。
娘の夫は妻の実家が好きで、友人夫妻からも不思議でならないと言われているらしい。
彼の寛容な性格には夫も甚く好意を寄せていて、わたしも感謝しているのだが、気掛かりのことがひとつある。
「テレビ大好き人間」であることだ。あちらの両親も同じく、私達がお邪魔している間中もテレビが付いていて
話をする時も消さないのである。娘たちの暮す離れも同じく四六時中テレビが付いているから娘もどうやらなれて
れてしまったらしく「あれはまずいな」と、夫はよく言っていた。
本日、私は意地悪を承知でリモコンを引出しにしまってしまった。
お茶の後に「珈琲淹れましょうか?」と言うと、「はい、淹れてください、テレビ観てもいいですか?」ときた。
野球を観たかったようだ。

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いつもはドリップだが「たまにはサイフォンで淹れましょうか」「いいねえっ!、見つかったの?」娘が言った。
「ううん、見つからないの、結局は昔のサイフォンに戻ったのよ」そう、兄の形見のサイフォンホンの部品が
仕舞いこんで出て来ないのだ。
大阪で二度目に移った借り上げ社宅の隣は同じ社の私たちよりも年上の営業マン家族だったが、なぜか夫の
珈琲好きを知っていて毎朝、サイフォンで淹れたての珈琲をフラスコのまま持って来てくれて、美味しい
珈琲を相伴させてもらっていたのだったが甘えてばかりいる訳にもゆかず、我が家でも珈琲サイフォンを買う
ことに相成ったのだった。それが⇓のサイフォンだ。確か2400円であったと記憶する。
ここに暮すようになってから、近くには珈琲豆の調達が困難だったから、会社帰りの夫の役割だった。
夫が緑茶党になってからは思い出したように使っていたが、独りになってからは最も久しぶりのことだ。

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ロート、フラスコ、ランプに眼を凝らしながら彼が言う「大阪時代の硝子なんですねっ!凄いですね〜えっ!」
「そうなの、大阪万博時代のものよ、約半世紀、正確には48年経つかしら...お隣の奥さんのお姉さんが
ブラジルのサントスで珈琲栽培をしていてね、それはそれは美味しい珈琲だったのよ...」久しぶりのサイフォンに
話の花が咲く。物持ちのよいことは彼も周知しているがこのサイフォンの話には少し驚いたふうだった。

秋の日の膝あたたかしカプチーノ   ふきのとう



posted by ふきのとう at 18:41| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月19日

遅れ馳せの秋刀魚

玄関わきの山法師、柿の木、梅の木、姫沙羅など昨年枝を切り詰めたから、剪定と言うよりは整枝に止める。
本日で私の手に負える庭木の冬支度もひと通り終了した。午後は銀行に行くついでにマーケットまで。
後ろから私の名前を呼ぶ声がする。振り向くと夫の主治医だった医師の奥さんだった。
「その節は大変お世話になりました」「いえいえ、お元気でいらっしゃいますか?」「はい、なんとか...」
「ご主人さまとても穏やかな最期だったようで良かったですね...」
「はい、そうでした、先生に宜しくお伝え下さいませ」まさかの出会いだったが声を掛けてくれたのは有り難かった。

さて、遅れ馳せの秋刀魚を一尾買う。葭戸、籐莚、団扇や風鈴など季節に必要なものは独りになっても
出したり仕舞ったりしたのに、食生活は何とも疎かになり、季節の移ろいも鈍になってしまった。
夫が元気だった頃は少々高くても待ち構えていたように秋刀魚も買ったのだったが...。
独り暮らしの先輩たちは「おかずの文句を言う人も居ないから、独り暮らしは楽でいいわ」口を揃えたように
言われるが、そうとばかりは思えない。
「美味しい」と言ってもらいたくて手間と暇を掛けて料理することが、どれだけ私の為になっていたか
「この料理、どの器に盛り付けたら映えるかしら」と器を選び、季節に合わせて変えたりもする飯茶碗や
湯飲みも独りではちっとも楽しくないのだ。
句会に時間を取られ、有り合せで済ませた夕飯「ごめんなさいね、明日は期待して、美味しいものを作るから」
なんて言わなくても済むのだもの.....。

家族に「ねこ」と言われた私、今日の秋刀魚の腸はとても美味しかった。
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無言の夕飯は焼き秋刀魚とパプリカの糠漬け、味噌汁だけで終い。
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秋刀魚一尾不法所持めく厨かな    ふきのとう    川柳も始めたの?(影の声)



posted by ふきのとう at 21:47| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月17日

知人の死

知人、友人、親友の他に私には句友と言う関係の知り合いもいる。その他ご近所は顔なじみの関係。
今日知った訃報は長女の同級生の母親で、娘が小学校入学の日に印象に残った保護者のひとりだった。
強烈な出来事と出会いは44年経った今も鮮明に覚えている。

入学式が終わり、各教室に親子で戻り、学級委員2名の選出をすることになり、その選出は困難を極め
午後4時を回ってしまったその時「じゃんけんで決めたら」と言う意見が出て、それでは「じゃんけん」をと
立ち上がった時、私は口火を切った。「学級委員をじゃんけんで決めるのには賛成できません、二人のうちの
一人は私が受けますのでどなたかもう一人お願いできないでしょうか」と言ってしまった。
その時大きな拍手をしてくれたのが亡くなった知人であった。
するともう1人の保護者が「じゃあ、私で良かったら受けます、3人目の子供で最後だから」と申し出てくれて
決定し、私は更に付け加えた「私は始めて娘を入学させますので保護者として知らないことばかりですが1年間
協力をお願い致します、名乗り出ましたが、この後はじゃんけんなどと言わずに投票にしてください、そして
委員体験者は二度と選出しないとお約束して下さい、お願いします」

そんなこんなで、入学式の日、帰宅したのは午後5時過ぎだった。
1クラス38人の2クラスの学年だったが、もう1つのクラスも投票となり6年間学級委員は重複することも無く
24名の保護者が委員に選出され、物静かで控えめな人、言い方が良くないがあまり存在感のないと思えた保護者
が驚くような力量を発揮された。
近くに来たからと年に3回ほど顔を見せてくれてその度「あの時のSさん忘れられないわ」とよく言うのだった。
突然亡くなられたと聞いたが、詳しいことは解らない。草取りをしながら昭和50年4月5日に思いを寄せた。

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ひとの訃や秋夕焼けの殊更に  ふきのとう    実に美しい今日の終りだった。


posted by ふきのとう at 20:47| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月16日

寒くなって

これから...しばらくつづ...雑炊

夏が終わって秋らしい日も続かないままに冷え込んで来た。そして今朝は昨日の残りご飯を雑炊に。
僅かに残ったご飯が溜まると雑炊に、電子レンジを持たない我が家には外すことの出来ない秋から
翌年の春までの朝の主食だ。

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手始めはシンプルに「玉子雑炊」にする。窓が結露する程の寒さではないが、ふきふき食べるのは好い。

「め巻き」この辺りではそう言うが、魚の切り身を芯に荒布で巻いたものを甘辛に煮たもの。
子供の頃は当たり前のように?食べていたが今では「そう言えば食べたわね...」と言う人が多い。
私は相も変らぬ「石頭族」だからよく登場する。
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たくさんの生姜を頂いたから切昆布を加えて佃煮風に、日持ちのよい「箸休め」になった。
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食事には欠かせない糠漬け。漬けた日も漬けぬひもひたすらかき混ぜる、なんてったって大切な
「嫁入り道具」のひとつだもの。この他、殆どのものは嫁に行く私ではなく、亡母の自己満足が
高じて「嫁入り娘のほら吹き道具」と化してしまった。
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雑炊や別けても夫の猫舌に   ふきのとう  猫舌でありながら、粥も雑炊も大好きだった夫。
posted by ふきのとう at 11:30| Comment(11) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月13日

俄か「庭師」

庭木の剪定

10日から昨日までに椿13本、山茶花2本、1本の紅葉の剪定をした。
「松」は植えていないので剪定と言っても枝葉を詰めるだけの作業であるから私の手に負える。
養蜂箱に日陰を作るための木として、夫が植た紅葉、これからの作業が楽になるように伸びていた
幹も思い切り、詰めた。

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植えた時の椿は30センチほどの苗だったり、挿し木したものだったりだが、歳月の証はどの木も私の背丈を
越えたものばかりだったが、手の届く範囲に切り詰めることにした。

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籔椿をはじめ、岩根しぼり、玉之浦、一休、西王母、白玉椿、太郎冠者、春風、薄化粧など、岩根しぼりを除いては
花容や名前に一目ぼれの一重咲きだ。
夫は鋸などの「目立て」も器用にしてくれて、私も快適な作業が出来たが、鋸に錆びも浮き、切れない訳ではないが
あの頃の切れ味はしない。

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生垣の刈込みは夫の仕事であったが、これまでも花木の剪定は私の役割だった。
通りがかる人の中には「奥さん、ざっと20万円くらいの仕事をしたねッ!」などと、オーバーな励ましのお世辞も
もらったりして「豚もおだてりゃ木に登る」私に於いては的確な比喩かも知れない。
その間、友人も訪ねて来てくれて話に興じたり、休み休みの仕事でもあるし、昨日は友人にランチに連れて行って
もらったりして実質の作業は2日間と言ったところだ。
今朝「ゴミ出し」の日だから、自転車の後部の荷台に2個、前の籠にひとつ入れて、計4回の往復をした。
夫が元気だった頃は、剪定した枝も集めてくれたし、最後はそれらの枝葉を車で運んでくれたから助かった。
後は梅の木と柿の木、ミツデカエデ、アカシデの木が残っているので、お天気具合を観ながら取り掛かろう。

時折は空鋏せり松手入れ     ふきのとう

ほんとうは「椿」だがまっ、いいだろう。

           剪定終了 10月14日

ただ今午後5時10分、庭木の剪定終了、生垣は夫のように、ロープを張り、まるで機械で切り揃えた様には
出来そうもないので業者にお願いしよう。

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夏の太陽光を遮光すためのミツデカエデとアカシデの木の、幹を鋸で払い、細かな枝を切り落とす。
一見???と思うが、何のなんの、旺盛な木であるから、初夏から夏の間、適度に葉も茂り、窓から
風にそよぐ葉音も楽しめて心地よいリビングとなる。若しかするとこの2本の木は寿命かも知れない。
木の幹にカミキリムシが入ってしまったようだ。それならそれで仕方がない。

亡夫にも茶を淹れ秋の日を終ふ   ふきのとう

二度目のお茶を濃いめに淹れて、冷凍して置いたおはぎを食べた。お夕飯前だと言うのに.....。

posted by ふきのとう at 08:03| Comment(10) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

すすぎ用束子?

剪定の合間に

暑い日中は避けて、山茶花や椿、梅などの剪定をはじめた。
元々嫌いな仕事ではないが、心得もある訳では無いから、プロの仕上げた友人の家の樹木が手本になる。

昨日の日中は夏日の様だったので、家の中で束子を編む?。
レース編み以外は苦手だから、こんな小物ですら私には「編み物」なのだ。

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皆さまご存知のアクリル毛糸で編んだもの、私の場合は「すすぎたわし」と呼んでいる。
スポンジ束子、スコッチ束子、亀の子束子に加えてすすぎ束子を毎日使う。
今まで円形のドリーを編んでいたが、今日は「いちご」にしてみた。(見えるかな?)
ルーツは「洗剤の要らない束子」として発展したようだが、すすぎ束子として使用してから長い。
指先ですすぐより、鍋や茶碗に当たる面積も大きいからすすぎ終りがすっきりする。私の主観。

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ゼリーの入っていた容器に入れて、流しの脇に置き夕食後洗っておけば翌朝はすっかり乾いている。

路地深し糸の切れたる秋すだれ    ふきのとう

一昨日、社会保険事務所へ、近道をしたつもりの路地で行きつ戻りつしてしまった。
posted by ふきのとう at 09:42| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

両親の呼び方

ママを卒業

娘の子供たちは未だに母親のことを「ママ」と呼んでいるのだろうかとふと気になり、過日高校生の男子に
メールをした。「母親のこと、今もママと言っていますか?そろそろ卒業した方がいいのでは」すると
「まさか!とっくに卒業しました」と返信が届いた。
市内に用事のあった娘が昨日立ち寄ってくれて、その話になり、中学生になった途端に「ママ」とは呼ばなく
なったと言い「最初からママなんて言わせなきゃよかったわ」と言うのだった。
「そうね、ママって呼ばせるのは如何なものかと思ったけど、私達は言う立場にないから黙ってたのよ」
ママと呼ばせると知った時、夫は言った「親たちがママとパパとなると、オレたちは何て呼ばれるの?」
「順良く言えばgrandfather、grandmother、端折ってグランパ、グランマかしら?まさかねっ!」
「そう呼ばれたら君は返事をするの?オレは返事しないからねっ!」と夫は言った。
更に「いったい、なに人だと思ってるんだ!まったく!」とまで。「ばあば」と呼ばれたくなかった私も様々
別称を考えたが、結果は異端な童話の主人公の名前を拝借することとなった。
あちらの祖母には希望の愛称があり、そう呼ばれることになり、二人の祖父は「じいじ」の頭に名前を付けて
呼ばれることとなったのだった。
「このあいだ、Rに(息子)おっかさんって言われて、一気に歳とっちゃったわ(笑)」と娘。
「Aにも(私の息子)いろいろ言われたわ、あんた、母ちゃん、Tの(夫名前)奥さん、最悪なのはオカアタマ
お小遣いが足りないときの呼び方なの、偉そうに「キミ、もう少しセンスのいいおかずができないかね」なんてね」
「ちち、ははもいいねって言ってるわ」と言って帰った。やっばり親の子だ。

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紫蘇の実の「醤油漬け」金山寺、生春巻きの具、蒲鉾にはさんだり浅漬けに混ぜたり用途の多い保存食、脱気して
あるから開封しなければ常温で来年まで楽しむことが出来る。

行く秋の雨を厭はず陶の卓    ふきのとう
posted by ふきのとう at 11:38| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする