2022年12月07日

折り鶴 ・・・RとK


先週の日曜日Rが掛川市の帰りに家に寄った時、私の取っときのチョコレートを
Rと食べた。甘党の祖父がチョコレートを好んで食べていたことをRは懐かしそ
うに話した。帰った後、食卓の上にRの折った折鶴が置いてあった。

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月曜日いつもの様にお仏壇の丁寧掃除をしていると、お仏壇の中に置かれた1羽の
折り鶴を見つけた。チョコレートの包み紙で折られた鶴。日曜日、何の連絡もなく
娘夫婦とKの3人が焼津市に来たついでだと言って私を見舞ってくれたのだった。
その時もKとチョコレートを食べた。KもRと同じように祖父とチョコレートの想
い出話を口にして、双子らしいと感じた。更にKも包み紙で折鶴を「え、え〜っ!
覚えていたのおっ!お父さんに見てもらおっ!」突然娘が素頓狂な声で言うと、折
り鶴を仏壇に進ぜたのだった「折り鶴!?」内心私も驚いた。そんな出来事をすっ
かり忘れていた私は今朝になって昨日の光景を思い出した。

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小学生になったKに折鶴を教えたのは娘だと言う。以来、Kの折鶴は娘も久し振り
に見たらしい。月曜日は野暮用で午後3時まで家を空け、帰宅してから一服しなが
らKの折った折鶴を暫く眺めた。

仮に幼い子どもが折ったとしても「もう少し丁寧に折りましょうね」と、母親なら
言いたいような出来栄えだが、明暗のみ判別できる眼は「見て覚える」と言う前提
には対応は困難だ。Kの感覚と感度で折った鶴と思えば上出だ。娘がKには祖父の
仏壇の父親に「見てもらいたい」と進ぜた気持ちは祖母には理解できる。同じよう
な気持ちだから。

折鶴よさあ飛び立とう冬銀河     ふきのとう
posted by ふきのとう at 09:56| Comment(4) | 俳句 | 更新情報をチェックする

2022年12月04日

幸先詣・・・師走の街へ

「幸先詣」初めて知った言葉だが江戸の昔から使われているらしい。殊にコロナ禍に
於いて初詣の過密を避けるために2020年から神社仏閣で「幸先詣」と称し呼びか
けが始まったらしい。頂いた商品券もあることだし、幸先詣に行くか行かないか明日
の天気具合で決めることに。

昨日、生垣の剪定をしていただいたから、晴れていれば消毒と落ち葉の始末もしたい。
完ぺきではないが、片付けも終わるころ雲が出て来たから、庭仕事を切り上げ早めの
昼ご飯を済ませバスに乗る。

家の方は曇っているのに焼津辺りは晴れていて、高草山の上に富士山が見える。そう
この高草山で、天気が左右されるのだ。 この山の近くに暮らす句友はこの山が邪魔
して富士山の見えないことを嘆くのだった。

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すっかりクリスマスの装いとなった商店街、土曜日だというのに商店街は人通りも少ない。

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商店街を抜けて地下道を一路浅間神社へ。

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地下道でも人に会わない。門前通りもやはり人通りは少ない。

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神木の楠木・樹齢229年 樹高16m・幹回5m。
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デパートのディスプレー、一目で判る自店の紙袋を使って上手く仕立ててあった。
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留守番の夫へ。
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境内も閑散としていて、私には嬉しいことだが、以前の賑わいを思うと、少し心も
重たくなる。 参拝を済ませ、商店街に戻りデパートで買い物を済ませ、日のある
うちに帰宅。初詣に浅間神社まで出掛ける習慣などなかったが「幸先詣」があると
知り、買い物ついでてはあったが、日常に変化の少ない暮らしだから、それなりの
刺激はあった。

疫除けの護符よく売るる寒日和    ふきのとう





posted by ふきのとう at 10:13| Comment(8) | 俳句 | 更新情報をチェックする

2022年12月02日

過失と故意・・・不名誉な事件

またしても当県に心疾しい事件が起きた。前回の幼稚園児をバスの中に置き去り
死亡させてしまった事件が過失で(とは言い難いかも知れないが)あるならば今
回の保育士の1歳児への切諌は故意以外の何ものでもない。同県人として憤りも
さることながら、実に不面目だ。

故意による事件だから、未然に防ぐことも出来たであろう。一部の報道によれば
「躾の一貫で起きたこと」と保育士は答えたとか。正しく典型的な「恥の上塗り」
以外の何ものでもない。

今朝、いの一番にラジオで聞いたサッカーの勝利は、スポーツ音痴の私にも、明るく
嬉しいニュースだった。

頂いた百目柿二つ、蔕が無かったので串刺しに。そろそろ干しあがる。
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この冬皆さんはどのようなスリッパをお履きだろうか。写真のスリッパはいつも行
くマーケットで購入した580円と安価なスリッパだがとても暖かい。素材の大方
はフリースで、底は化繊のスエード擬き、丸洗いも出来て脱水して干せば、乾きも
早い。流し台の前に、マットを敷くのが嫌いな私の必需品となった。高額を惜しま
なければもっと上質で温かな物もあるだろうが、昨年同じ物をワゴンセールで購入
希望のサイズは無く、大きすぎたため、今年は早い目に用意した。お陰様で足元も
暖かい。

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昼ご飯のお菜の「小松菜の胡麻和え」小松菜を茹でる段取り。
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厚底のスリッパぬくし厨事     ふきのとう    「ぬくし」は春の季語だが即吟だから。


posted by ふきのとう at 09:51| Comment(10) | 俳句 | 更新情報をチェックする

2022年11月29日

何故チューバ?そしてチューバ

日曜日は娘が付き添ってくれて新型コロナワクチン5回目の接種を済ませた。例に
よって昼食は八木秀の鰻重「いつも、いつもすみません。お陰様で美味しく頂きま
した」「いえいえこちらこそ。遠い所から来ていただいて」決まり文句のあいさつ
の後、家でコーヒータイム。その後、掛川市の教育施設へ息子のRを迎えに行くと
いう娘に付き合う。

Rは中学校の部活では吹奏楽部に入部、親友たちはトランペットやアルトサックス
を競って選択する中、躊躇なくチューバを選択して、両親を始め私たちを驚かせた。

高校の吹奏楽部コンクールの県大会で優勝を目指し、猛練習に明け暮れたようだっ
たが、準優勝に終わった。その後、審査員の1人であった音楽大学の教授から、チュ
ーバ奏者のRが目に留まり、音楽大学の推薦入学を勧められ、少し傾いたかに見え
たが、仮に進学はは出来たとしても将来、プロのチューバ奏者の狭き門を潜り抜け
る程の自信も音楽教師となる自信もなく、家業を継ぎたい思いもあって、狭き門を
諦めた経緯がRにはあった。

現在、大学の管弦楽団のチューバを担当、掛川市の教育施設シオーネに来ていたのだ
った。 母親が私の家に居ることもあって帰りは迎えに行く約束がしてあったらしい。
掛川市まで、我が家から車で30分。Rの視力は眼鏡使用で日常の生活には不自はな
いが、法定の視野が得られず、運転免許証は取得出来ないため、チューバを背負い電
車とバスで遠距離の演奏会場まで来たと言う。

チューバ奏者が少ないらしく、彼方此方の楽団からピンチヒッター奏者として声が掛か
るようだ。R曰く「図体が大きな割に地味な音色は目立たないが、無くても困る楽器」
のようだ。引っ張りだこも満更ではない口っぷりだった。

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楽器を持った団員が続々と出てくる中に、チューバを背負い、着ぐるみのようなRが
現れたのだった。12月25日には108回目の定期演奏会が静岡市の市民文化セン
ターで開かれると言う。是非聴きたいものだ。

出生時800gに満たなかった極省未熟児(と言うらしい)良くぞここまで、健康で
生きているだけでも奇跡だ。
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チューバ負ひ冬夕焼の央を行く   ふきのとう



posted by ふきのとう at 20:52| Comment(6) | 俳句 | 更新情報をチェックする

2022年11月26日

お手間をとらせますがお付き合いください     大切な「物」の始末

小学生の頃から母に習って押絵などをしたが、手芸の「芸」と言うには至らず「お遊び」だった。
ほんの少し、他人様に褒めて頂けるような細工物を縫い始めたのは63歳で夫が退職したころの
ことだから私は58歳になっていた。

縮緬細工を習い始めた切っ掛は、町の文化祭に出品した、夫の作品を目にしたYさんから、仕覆を
被せるための濃茶用の茶入れの制作を夫に依頼されたことが始まりだった。Yさんは12歳年上の
方で、マーケットやバス停などでお会いすれば挨拶もし、お互いに名前や住まいなどは承知してい
た。その頃、私は茶の稽古に通っていたから仕覆や茶入れには興味もあったが、仕覆を自ら仕立て
るなどとは考えもしなかった。

夫に頼まれて焼き上がった茶入れ届けるためにYさんお宅へ伺うと、通された部屋には仕覆をはじ
め、香道に使う道具が飾り棚にずらりと並び、其所此所に縮緬細工が置かれ、Yさんが「お茶でも」
と言いながら奥へ立った時、私はそれらのお細工に目を凝らし、お茶を入れて戻って来られたYさ
んに気付かなかったほどだった。

「〇野さん、興味がある?良かったら一緒に縫ってみる?」「いえいえ、とんでもない、興味
はありますけど、とても私が縫えるようには思えませんので・・・」「簡単なものから少しず
つどうかしら?お母さんも和裁をされているようだから、〇野さんも手先が器用でしょから」
「好きなことと、出来ることとは違うと思いますから・・・」話ながら「気に入っていただけ
るといいのですけれど」と、持参した5つの茶入れを卓に広げると、大そう気に入っていただ
けて、5つの全てを受け取って頂だけたのだった。

Yさんが香道をはじめ、仕覆や紐結び、縮緬細工を手掛けた切っ掛けは、50歳でご主人を亡く
された時の心の穴を埋めるためであったこと、細工物は愛知県へ、香道と仕覆は東京へ、紐結び
は京都へ通ったと話された。

その後「遊びにいらっしゃい」と電話を頂き、Yさんの用意してくれた針と糸で縮緬の古布を
使い、桜の花びらと柿の縫い方を教えて頂いたのだった「初めてとは思えないほど上出来」と
煽てられて、以来Yさんが体調を崩すまで2年間、月2回教えて頂き、その後はYさんから頂いた
本を手本に、暇さえあれば縫って楽しんだ。縫物は子供の時分から好きだったから「のめり込
んだ」とも言える。

手始めの作品
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桜の花びらと木の葉は香入れになっていてYさんのオリジナル作品、作品は東京は銀座の
お香の店「香十」で販売されており、ご一緒させて頂いたこともある。言わば門外不出の
作品だ。幸運だと今も思っている。Yさんは昨年鬼籍人となってしまった。

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これまで私には宝物だったが、息子や娘には「厄介な物」以外の何ものでもない。暇さえあれば
ちまちまと縫っている私の姿を見ていた娘、処分するにも躊躇するに違いない。歳月を経た古布
は、形としては体を保っているが、退色も激しく、どなたか好きな方に貰って頂くとはゆかない。
そんな訳で、昨日は朝からその処分をする。私の足跡の一部分でもあるので写真に収めることにした。

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番の鶯
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三番叟
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鎧に見立てた香袋
初節句の兜に添えて2人に贈り、記念に残した。毎年飾っていると娘は言う。
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菖蒲
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桔梗、紫は退色しやく、すっかり色褪せてしまった。
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夫の作品の「茶入」と私の拵えた仕覆
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裂は龍村織物、裂の銘は控えを見なくては書けない。
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同じく龍村織物の裂、鴛鴦唐草双鳥文様
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母の帯や着物の布
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左は丹波木綿の古裂、右端は父の着物の布
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渡来の更紗の古裂
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教えて頂いた「花結び」
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百人一首の仕覆
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「御物袋」私専用の茶碗入れ、母の色紋付だった。
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私専用の抹茶茶碗、誕生日のプレゼントとして焼いてくれた。後にも先にもこれっきり。
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正月飾り、経年のため、殊に竹の緑の色褪せが目立つ。
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来年は卯年、私は午年、子どもの時分、卯年の母が羨ましかったものだ。
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柳の枝に吊るす正月飾り
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ご覧頂き、大変有難うございました。未だまだございますが、きりも無いですので・・・。

冬の夜半唯一母似の針仕事     ふきのとう






posted by ふきのとう at 13:04| Comment(8) | 俳句 | 更新情報をチェックする

2022年11月24日

食いしん坊の「お三時」・・・戻らないあの日

過日、富山で買ったお菓子、友人が訪ねて来てくれたので食べたり、持って帰って
もらたりで、私のお三時も底をついた。富山銘菓の「ぎんなん餅」も「江出の月」
も美味しかったからもう少買って来ても良かった。昨日今日の「お三時」はりんご
きんとんと野菜の素揚げを作る。

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さつま芋を賽の目に切り、ひとつまみの塩を入れて茹で、りんご1/2個を摺り下ろし
(さつま芋の量とりんごの大きさにもよる)茹でたさつま芋と混ぜれば出来上がり。
甘酸っぱいりんごとさつま芋の甘みが重なって美味しい。りんごの甘みが足りないと
思ったら、砂糖を少し足すと良い。これは姑に習ったレシピだが、私流にワインに浸
した干し葡萄を加えてみると一層美味しいく、以来秋のお三時の定番となった。レー
ズンが無かったので本日はさつま芋とりんごだけ。

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冷蔵庫の野菜を完食するための野菜の「素揚げ」どなたもなさることだが、カレー
塩で食べると、ついつい食べ過ぎてしまうが体への負担は軽いように思う。

留守の間に頂いた富有柿、直に熟柿になってしまいそうなので、1口大の干し柿にした。
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家族が揃っていたころは、夜の9時にも何かしら食べる習慣があり、時間になると
ダ、ダ、ダと大きな音を立てて2人が2階から降りて来たものだ「呼んでも聞こえ
ない振りをするのに、こんな時は呼ばなくても降りて来るのねっ!」と、私はよく
言ったものだ。花巻の母も私の母も「お三時」と言っていたので私もそう言い、娘
も息子も孫たちにも伝わって皆「お三時」と言っているが・・・ 

「そそくさと夕飯を終えても9時には家族がゆとりをもって集まれる」実は私の密か
な目論見でもあった。

4脚の椅子がやがて2脚になり、今では1脚で足りる。夜の9時、私ひとり、ラジオ
を聞きながら本を読んでいるだけ・・・「気ままじゃなくて、真の自由を見つけてっ!」
そう言って娘が持ってきてくれた篠田桃紅の本、嘗て高山の吉島家で目見えた桃紅の
作品を思い起こしながら読み始めた。

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冬ともし桃紅の書の斜め読み     ふきのとう


posted by ふきのとう at 06:31| Comment(8) | 俳句 | 更新情報をチェックする

2022年11月20日

晩秋のひとり旅

18日、お願いしておいたタクシーを家の横の小川の橋の上に立って待つ。未明の5時
30分流れ星が!

六合〜静岡発7時15分発〜新幹線ひかり〜東京着8時12分〜北陸新幹線「はくたか」
555号東京発8時48分〜新高岡着11:34分〜新高岡発バス12時50分〜小牧
終点14:12着(1時間)〜庄川遊覧船乗り場14:30大牧温泉着15:00

北陸新幹線
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懐かしの妙高山・火打山
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遊覧船に30分乗車 「まどのさんさはででれこでん〜はれのさんさもででれこでん」
船内に古謡のこきりこ節が流れる。

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旅館の正面が船着き場。
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船着き場から旅館の入り口まで、湖面に沿った小道。
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お茶受けの「とちの実煎餅」持ち帰り今朝頂いた。青海苔の香りも高く美味しかった。
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全室、湖畔を望む
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宿の鏡に向かって、サスペンスドラマで言うならば「証明写真」
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11月19日の帰路
大牧温泉9:10〜小牧9:40〜小牧バス停発10:15分〜新高岡11:38着。新幹線「はくたか」
の乗車時間までのには約2時間、昼食を摂っても時間がたっぷりある。予定にはない瑞龍寺へ
徒歩で向かう。誂えたような青空の下の山門に入る。国宝の七堂伽藍は、私1人「なんと勿体
ないこと」思わず口を衝く。
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十代の頃、G.スカウトの交流会で、富山県城端町を訪れ、以来、夫と共通の趣味の登山で
立山、剱岳、白馬岳、薬師岳、鹿島槍ヶ岳、妙高山、火打山と、 富山にはご縁を頂いたが
登頂した山以外の事は意外と知らない。過日、ジパング誌の整理をしていて、美しい雪景色
の大牧温泉の写真が目に留まり、此度の計画を立てた。風呂嫌いの私は毎日「風呂とは1日
の垢をおとすための義務」と、位置付けているのだから温泉は更に苦手である。天変地異と
言っても過言ではない計画だった。

多くの知人がジパング会員を退会したと聞くが、コロナ禍で制限された2年間も会費を納入
して来たのだからこの際、県民割引も利用して少し遠距離計画に。18日は結婚記念日でも
あり、秋と言うには遅すぎの感ありだが・・・名残の紅葉にも出会い、申し分ない旅であった。

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「あなた!驚かないでくださいねっ!大牧温泉の庭の木の葉と、あなた好みの富山のお菓子です」
先ほど、お仏壇と遺影に向かい報告をした。

    秋行くや夫亡き妻の湖の旅    ふきのとう

*趣味の登山、多くの知人は登山は夫の趣味、私が同調したと思われていたようだが、登山は十代
 からの私の趣味であり、結婚してから夫も登山するようになった。従って、夫より私の方が体力
 の持続は勝り「君の体力は狂気の沙汰」だと良く言われたも のだ。今、縄跳びが出来るにはそれ
 なりの努力もしているが、言うなれば「馬鹿」が付いても仕方がない。



posted by ふきのとう at 09:57| Comment(12) | 俳句 | 更新情報をチェックする