2018年01月24日

 夫の月命日 夫の月命日を修す

                 独り暮らしの五ヵ月
     昨日は夫の月命日、数年来の寒波襲来、寒がりの夫だったから夫のいる部屋は終日
     ストーブを焚いて温かくしていた。
     夫のいる部屋?仏壇のあるリビングのこと。私のような立場を最近では「没1」と言うらしい。
     寡婦も未亡人もそのうち死語となるだろう。私と同齢の句友はご主人を亡くしてから19年になるという。
     ご主人も夫と同齢と言われるから、おふたりとも若い時に悲しい思いをされたようだ。
     独りになって5ヶ月の私を未だまだ「ひよっこさん」そのうちきっと立ち直る日が来ると励ましてくれた。
     向こう意気ばかりが強くて意気地なしの私だから「成鶏」になるのはいつのことやら......
     成鶏になれないで、このままで終わってしまうではないかと、ふと不安もよぎる。
     夫の姪からの手紙にも<私には笑う日は来ないのではないかと思いましたが、時間は掛かっても丈夫
     きっと笑える日も来ます>とあったから、その日の来るのを信じよう。
     今朝、娘に<昨日は父の月命日、風花まじりの強風だったので墓には行かず家で修しました。
     分骨をしてくれた父に感謝してます>とメールをした。
     <分骨してあるといつまでも頭の中から離れない、踏ん切りのつかない弊害みたいなものも
     あるそうです>と返信メールがあり、追伸で<強風時外に出ない様に、転ぶと大変だから>と。
     踏ん切りがつかない...そのような人もいるだろうけれど、私は守られているような気が
     するのでよいではないか!まてよ! 現世で大義を果たし黄泉に発った夫に現世に残して
     来た妻の責任を負わせるのは何とも理不尽な!とも思ったり......。

     DSCN1096.JPG

            独りの「昼ご飯」とはこんなもの...         
 
            風花のひと日を居間に籠りたり     ふきのとう
posted by ふきのとう at 14:01| Comment(0) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月22日

無知は「知」のはじまり???

            昨夜調べて見ました...
     昨夜、大河ドラマを観た後に「花売り娘」について調べて見ました。
     ワタクシの思い描いていた幻想的な「花売り娘」とは少々異なりました。
     花売り娘の目的は単に花を売って、ささやかな暮らしの糧を得るというよりは
     身をひさぐことの様でした。花束を買う行為は即ち「貴女を買う」ことの暗黙の
     意思表示でもあると言うのです。アンデルセンの「マッチ売りの少女」とは対極にある
     と言えなくもありません。納豆売りや新聞配達の勤勉実直な勤労少年少女には少し
     距離のあるものと理解できました。「そんなの知ってもしょうがないだろ!」と言った彼が
     「花売り娘」をどのように解釈していたかは依然不明のままですが...。
     無知の招いた「ブログ」でしたが願わくば「知」への出発点に...とは言うものの
     「花売り娘」の真相を知るよりも「真に俳句の季語を理解する」ことが先決のようです。
     コメントを頂きました皆様、お目々よごしをお詫び申し上げます。
posted by ふきのとう at 08:47| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

田舎娘の想像

               ......とはこんなもの
      昨日、友人のブログ「霧の街」の風景を見ていて、面白いことを想いい出したのだった。 
      中学生だった頃の流行歌「哀愁の街に霧が降る」と言う歌が女生徒の間にも流行った。
      ご存知、佐伯孝夫、吉田正の名コンビの楽曲だ。
 
      夫が未だ彼だった頃「ねえ?東京にはお花売る女の子がいっぱいいるんでしょ?」
      と聞いて笑われた。この歌の歌詞を疑いも無く信じていたからだ。
      この他の歌にも東京には花売り娘がいると歌っているではないか、.....。  
      彼が上京したのは昭和30年であるから、その頃の流行歌のはずだ......。
      「キャバレーやクラブにはいたかもしれない」と言うのだった。実際にはキャバレーも
      クラブも知らない私は、そこに花売り娘がいるのは何故?か知りたくて、しつこく聞いて
      「そんなこと知ってもしょうがないだろ!東京にいっといで!」と簡単にあしらわれた。
      ただ、その時代「赤線」はあって、被っていた学生帽を取られた経験があると言った。
      勿論帽子は返してもらったと言ったが、本文は学生のはずの彼がそんな非安全地帯を
      何ゆえ歩いていたのかは謎のままである。

           夏みかん酸つぱしいまさら純潔など     鈴木しず子

      DSCN1024.JPG

          我が家の蹲擬きに今朝は氷が張った。

          氷張る水の密室紅つばき   ふきのとう
posted by ふきのとう at 11:13| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

折節のこと

                   塩柚子
      毎年作るものに塩レモンがあるが、先日頂いた柚子で、今年は塩柚子を作ってみた。 
      レモンが「洋」のとすれば、柚子は「和」のテーストと言えるだろう。
      レモンソルト?は簡単ですこぶる重宝な調味料で洋風にも和風にも順応してくれる。
      柚子も今やフレンチシェフを魅了する香味料だと言うからきっと重宝することだろう。

      DSCN0685.JPG

      DSCN0860.JPG

      レモンソルトも柚子ソルトも、種を除いて大まかにきざみ、分量の塩を交互に
      入れて、数ヵ月寝かせるだけの至って簡単な調理法だ。これらの調味料の
      副産物は、お裾分けすると、「炒飯にも良い」「ドレッシングが美味しい」などと
      思わぬレシピのお返しを頂くのが何より嬉しい。
      無反応で「どうしちゃったのかしら?」と思う迷宮入りも無い訳ではないが
      その多くは教えてもらうことの多いこと。

           焼肉に効かすスパイス冬の雷    ふきのとう
      
posted by ふきのとう at 10:24| Comment(5) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

ちらし鮨

                友人来訪
     夫を亡くしてから「お夕飯をいっしょにたべましょ」と言って何度となく
     見舞ってくれる友人が昨夜も来てくれた。 
     友人の従弟の経営している鮨の仕出し店のお鮨を携えて。
     切り干し大根の煮物、はりはり漬け、即席の味噌汁を用意しただけだったが
     私には久しぶりのご馳走となった。

     DSCN1058.JPG

     DSCN1062.JPG

           南瓜、大根、人参の糠漬け
     DSCN0689.JPG

     お茶は「世界農業遺産」静岡の茶草場農法「深蒸し茶」を用意した。

     DSCN1060.JPG

     DSCN1061.JPG

     二人の食卓は楽しくて、あっと言う間に時間が経ってしまった。
     昨夜は風も無く、いつになく静かな夜だった。バイクで来てくれるから心配になったが
     「今着いたから」と電話があり、間もなく予報通りの雨の音がした。
     「只今、雨、濡れなくてようございました」とメールを送った。

         遠来の友あり夜のあたたかし      ふきのとう
     
posted by ふきのとう at 10:46| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

暫く続けることにします

               糠みそ
    目が覚めるとリビングの明り取りから日が差しているではないか。
    「お父さん、寝過ごしちゃったの、7時10分!お茶ちょっと待っててね!」
    目覚ましはかけないが、滅多に寝過ごすことは無いのに。
    白湯を飲んでお茶を淹れて...テレビで「ぬか漬け、九州秘伝の美味」を放送していた。
    これは観なくては、夫が居合せたらきっと私を呼んでくれただろう。
    嫁入り道具の1つに「糠床」があり、今もすこぶる健在だ。

    DSCN1030.JPG

    DSCN1032.JPG

    夫の郷里の豊富な漬物の美味しさを、結婚式に付き添ってくれた美容師さん(80歳)も
    今でも思い出したようによく話すのだった。
    暖地の当地では漬物の種類は豊富ではないが糠漬けが最もポピュラーな漬物だと思う。
    亡母の糠漬けは友人たちの間でファンも 多く、私にとっても嬉しいことだった。
    夫の郷里では味噌漬け、塩漬けが主のようだから夫が糠漬けを口にしたのは結婚して
    からではなかろうか。 好んで食べてくれて、亡くなる前日も人参、胡瓜、白瓜、キャベツ
    パプリカなど少しではあるが、ゆっくりゆっくり食べたのだった。
    大阪時代、実家の法事で家を空けた時「手を入れないと食べられなくなっちゃうけど...」
    と思案していると「何とかするよ」と言い、帰宅すると糠床に「しゃもじ」が入っていたこと
    があったっけ...
    私が、カテーテルのアクシデントに遭い1ヵ月の入院をした時も糠床を守ってくれて
    病院にも胡瓜の糠漬けを、こっそり持って来てくれたのだった。 糠床を守っている事の証だったのだろう。
    独りになってしまった今、続けようか迷っている矢先に今朝のテレビを観たのだった。
    「ぼちぼち」になってもいい、しばらくは続けることにしようと思ったのだった。

       糠床に春の兆しや厨妻     ふきのとう

    
posted by ふきのとう at 10:46| Comment(7) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

菜箸と黒文字

           夫の遺してくれたもの(私の手に合せて)

     DSCN1019.JPG

     40年以上は使っているだろうか、私の手に合せて夫の作ってくれた菜箸
     とても使いやすくて重宝している。今は色々なサイズもあり、形もあるようだが
     当時はまるい箸で大小のサイズがあり、糸で繋いであるものだった。息子のカブスカウトの
     行事で「そうめん流し」があり、使用した竹の残りで私に菜箸を作って来てくれたのだった。
     「いつも使いづらそうにしていたから、お母さんの手に合せたつもり」と言ったっけ。
     そう、私の手は少し小さい、本当のことを言えば指が短いのだ。
          (糸で繋がれていたから、そう見えたのだろう)
     とても使いやすくて、飴色を通り越して、茶色になってしまったがこの先も使い続けるつもりだ。

     DSCN1023.JPG

     家の庭に植えていた「黒文字」の木が或る日枯れてしまった。初夏の芽吹きも
     美しかったが、葉をつまんで揉むと涼やかな香りも楽しめたし、清楚で地味な花だが
     夫の作った花入れにも挿して楽しんだ。「楊枝にしてくれないかしら」と頼むと
     休日を利用して沢山の楊枝を作ってくれたのだった。

     DSCN1022.JPG

     「練り切」を好んで食べたからこの楊枝はとても役立った。これだけあれば
     この先私が存分に使えそうだ。外出の機会を得たら、和菓子屋さんへ行こう。

        山椒の芽竹の菜箸飴色に    ふきのとう

        黒文字のかほり仄かや椿餅   ふきのとう
 
     
    
posted by ふきのとう at 19:32| Comment(10) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする