2016年08月17日

私のお盆

                   やれやれ
       我が家に仏様がある訳では無いが、この時期訪ねてくれる人も多い。
       それに加えて長男長女家族もご多分に漏れずやって来る。
       小さい時は手間も掛かり大変だったが、大きくなって手も掛からない分だけ
       食べることに追われるのだ。
       お蔭様で何でも美味しいと言って食べてはくれるのだけれど、普段2人だけの粗食だから
       大勢様の料理には不慣れになってしまった。
       そして、昨日今日のこれまた大洗濯にも追われ、ようやく自分のお盆となった。

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       俳句を始めたという、近くに住む親戚で私と同い年のお嫁さんが飴を持って来てくれる。
       子供の頃から馴染の「ちゃんちゃこちゃーぁ」百万遍で売る昔ながらの飴である。
       熱いお茶と飴、これも良いではないか、のんびりしよう。
posted by ふきのとう at 08:32| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月11日

それぞれの金メダル

              自分に自分で金メダル
       オリンピック開会前も、開会されてからも日に何度も耳にする「悲願のメダル」と言う言葉、
       「参加することに意義がある」と言う言葉はいつしか死語になりつつある。
       金、銀、銅それぞれ一つしかないメダルに向かって世界の精鋭の争奪戦には少し意義を唱えたい。
       「健全な精神は健全な肉体に宿る」ユウェナリスの言い分はさておき
       初めてこの言葉を教えてもらったのは中学生の時と記憶している。
       陸上競技では有名な学校であった事、そして校長も陸上部の顧問を歴任していたこともあり
       運動会はいま振り返っても盛大に行はれていた。
       上記の格言も「精神も肉体も健全に」と素直に解釈していたから精一杯、
       最善を尽くせ、結果はついてくると。
       縦しんば不満足な結果が出たとしても次に最善を尽くせばよいと思っていた。
       金でも銀でも銅でも、或いはメダルに届かなくても今日までの努力に対して
       参加選手全員に金メダルを上げたい。

       そうそう、私の今年の梅干しの出来栄えにも私から金目メダル!

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             お時間がありましたらご覧ください
       中学校2年生の時、陸上部のキャプテン、幼馴染の勇ちゃんがアキレス腱を切って入院
       その時、校長の計らいで大昭和製紙の小掛照二選手が慰問に訪れたのだった。
       (三段跳びの記録保持者、元日本オリンピアンズ協会副会長)
       校内騒然とする中へ当時のハンマー投げの深沢選手、各短距離の選手など率いていた。
       勇ちゃんは私より一級上の三年生、将来有望の短距離選手で名は夙に知られていた。
       選手団に励まされて勇ちゃんの鯱こ張った姿は今も目に焼き付いている。
       生徒手帳にサインをしてもらった私、手帳が手帳なだけに後日担任から説教を頂戴した。
       もっとも、サインをしてもらったのは私一人だけだことも数日たってから知ることとなった。
       60年も昔の半ば化石と化したあの日の出来事である。

           黒帯の一本背負爽やかに       ふきのとう
posted by ふきのとう at 08:52| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

怠慢の極み

              気付かぬままの零余子と狐の剃刀
       今年は「初盆御見舞い」が五つ、夫と私とで手分けして出席
       その間にお葬式も三つ、中には私と同年齢の方もいた。
       亡くなられた方が夫より年上のお宅には夫が、年下のお宅には私が出席した。
       昨日は92歳の方のお初盆、、夫が出かけることになった。

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       今までこのような文字入りの不祝儀袋は使ったこともないのに購入.....
       字が上手、下手には拘らず心を込めて丁寧に書くことを旨としていたのだが。
       怠慢の始まりの最たるものだ。さらには忙しさも災いし、庭に咲いた
       草花にさえ目が届かなかったのである。
       必然がなけれは行かない庭の片隅の零余子は花も終わりに近づき実も結んでいたし
       その下の狐の剃刀は殆どが花を仕舞い、中の1本だけが辛うじて花の姿を止めていた。

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      「忙しい」に託けて。心が亡びるとは全くだ.......。
      すべては自己の怠慢による結果をまざまざと見る思いの午前5時30分だった。

       
posted by ふきのとう at 06:51| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする