2016年08月11日

それぞれの金メダル

              自分に自分で金メダル
       オリンピック開会前も、開会されてからも日に何度も耳にする「悲願のメダル」と言う言葉、
       「参加することに意義がある」と言う言葉はいつしか死語になりつつある。
       金、銀、銅それぞれ一つしかないメダルに向かって世界の精鋭の争奪戦には少し意義を唱えたい。
       「健全な精神は健全な肉体に宿る」ユウェナリスの言い分はさておき
       初めてこの言葉を教えてもらったのは中学生の時と記憶している。
       陸上競技では有名な学校であった事、そして校長も陸上部の顧問を歴任していたこともあり
       運動会はいま振り返っても盛大に行はれていた。
       上記の格言も「精神も肉体も健全に」と素直に解釈していたから精一杯、
       最善を尽くせ、結果はついてくると。
       縦しんば不満足な結果が出たとしても次に最善を尽くせばよいと思っていた。
       金でも銀でも銅でも、或いはメダルに届かなくても今日までの努力に対して
       参加選手全員に金メダルを上げたい。

       そうそう、私の今年の梅干しの出来栄えにも私から金目メダル!

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             お時間がありましたらご覧ください
       中学校2年生の時、陸上部のキャプテン、幼馴染の勇ちゃんがアキレス腱を切って入院
       その時、校長の計らいで大昭和製紙の小掛照二選手が慰問に訪れたのだった。
       (三段跳びの記録保持者、元日本オリンピアンズ協会副会長)
       校内騒然とする中へ当時のハンマー投げの深沢選手、各短距離の選手など率いていた。
       勇ちゃんは私より一級上の三年生、将来有望の短距離選手で名は夙に知られていた。
       選手団に励まされて勇ちゃんの鯱こ張った姿は今も目に焼き付いている。
       生徒手帳にサインをしてもらった私、手帳が手帳なだけに後日担任から説教を頂戴した。
       もっとも、サインをしてもらったのは私一人だけだことも数日たってから知ることとなった。
       60年も昔の半ば化石と化したあの日の出来事である。

           黒帯の一本背負爽やかに       ふきのとう
posted by ふきのとう at 08:52| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする