2017年01月31日

菩提寺から

                節分の贈り物
       菩提寺と言っても正確に言えば生涯を独身で73歳で鬼籍となった次兄が
       世話になっている寺のご住職が毎年届けてくれる節分の豆と面が昨日届いた。
       実家が長兄も既になく、甥の世代になっていたため、末っ子の私が喪主となったのだった。
       住職は思想も暮らしも簡素であり、出来る事なら自身もこの寺にと思うが
       既に墓地の用意もあるし、今さらながら早まってしまったと思うが仕方がない。
       この豆も勿論有り難く食べるが、節分には大豆を炒るのが私の流儀。
       炒り大豆と動物ヨーチ、落花生も混ぜて撒くのが我が家の慣はしだ。
    
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       如月の鬼より怖し胸の内      ふきのとう

       次兄とは九つ違いで、その間に兄妹がいないから年齢としてはいちばん近い
       兄妹だったからとても仲が良かったし、可愛がってもらった思い出も多い。
       ああ、兄よりも長生きしてしまった......。

       早世の兄に想い出黄水仙      ふきのとう
       
posted by ふきのとう at 08:21| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

久し振りの読書

                 日本語二冊

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     読むために買っても読まずに、積んだままになっている本を少しずつ読むことに。
     津田幸男著「日本語防衛論」内館牧子著「カネを積まれても使いたくない日本語」
     題名が厳ついが、漫画が理解できない私にもさほど難解ではない内容だ。
     ただ、寄る年波には勝てず、納得のいく名文が私の脳内に止まる量が少ないのは惜しい。
     内館牧子著は私たちが日ごろ難なく使う「生きざま」と言う言葉は<格好をののしっていう語。
     ていたらく>「様を見ろ」とか「様はない」などと醜態につけられるものであり、たおやかで
     上品な女性たちが目上の人への賛美として堂々と使う、〇〇先生の生き様は憧れであり少しでも
     近づけますよう努力したいと....」などと、適切ではない事、マジ、ヤバイ、やっぱ、ぶっちゃけ、
     全然オッケー、と挙げればきりがないことを著者の軽妙な言葉で述べている。
     私の気にしている言葉「〜かな」使いどころが良くないと記されていた。
     津田幸男著は日本語を守る理由は日本語を疎かにし、日本語が亡くなれば日本は亡びる。
     国語は国家の基盤であること、日本語は日本の「公共文化財」であること等々
     日本に居ては日本語を正しく使おうと。
     読むにつれて藤原正彦著[国家の品格」に共通する。今日まで良く言はれた「自己改革」よりも
     「自己回復」がとても大切だとのべている。久しぶりに本気で読書した。

     日脚伸ぶ猫の寝ている飾り窓     ふきのとう
     
posted by ふきのとう at 14:24| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

林檎を余さず.....

                林檎の芯と皮
        残ってしまった林檎5個を煮ることにした。そして皮と芯を刻んで干した。

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         良く乾かしてから小分けにして冷凍庫へ、皮を茹でた汁に
         下ろし生姜を入れ、蜂蜜を少し、体の温まる飲み物ができる。
         勿論、、蜂蜜を加えなくてもほのかに甘く、香りも良く美味しい。
         この湯を紅茶に注げば間違いなく香り高いアップルティだ。
         乾燥させることによって、香りも高くなるような気がする。
         どうやら気のせいではなさそうだ。

         春の日の遍し午後の紅茶かな     ふきのとう(キリンビール?)

         
    
posted by ふきのとう at 18:50| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする