2017年03月30日

満開好いけれど

                  花三分

       
       満開の桜も美しいが、目を凝らしてみるには三分咲きから五分咲きが好い。
       以前にも紹介した茶房「椿」の桜に逢いに出かけた。
       私の好みの三分咲きであった。満開よりも凛として美しいと思う。
       満開のさくらは一目見て「ああ、桜」と思い、三分から五分咲きの桜には
       一房の在り方を目を凝らしてじっくり見るからだ。

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               今日の玄関の設え
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       桜大樹が2階のベランダに枝を広げ咲き始めていた。

       2階でのランチも可能だが、足に自信のない夫が階下で食事をすると言うので
       食後の珈琲だけは1人、2階で楽しんだ。近くの公園の丘に咲く山桜も見え
       三分咲きの花を頭上に、誰にも邪魔されることなく贅沢なひと時となった。
       淡墨桜と聞くので、散り際の薄墨色にも是非お目に掛かりたいものだ。

       無心とも在らねどひとり花下に座し     ふきのとう

       数年前の大病から「桜」は節目の花となり、それまでの桜に対する気持ちの
       置き方は私の心の中では「観る花」ではなく「逢える花」となった。
  
posted by ふきのとう at 16:01| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月28日

簡素と質素の間で揺れる心

             心身の簡素化.....
       昨年、比較的大きな本棚を食み出してしまった本の整理をしたが
       再読しようと残して措いた本を取り出して読み始めた。
       
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       意外と新鮮に心に入って来るから不思議、一冊の本を再読することは
       今までにもよくしていたが、 覚えていたこと、忘れてしまったことが
       良く解り、柔軟性を失ってしまった私の脳には刺激があってとても良い。
       この際簡素と質素の違いを私なりに解釈して暮らすように心掛けよう。
       この本の中身、1つでも新たに実行してみようと思ったのだった。

       再読の一書色褪せ花曇り      ふきのとう
       
posted by ふきのとう at 08:32| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

戻り寒

                勝手なもので.....
       庭に遊びに来ていた目白もいつの間にか姿を見せなくなり
       日参するのは鵯と、鳩、そして例年になく鵙が良く来ている。
   
           鵯も鳩も雨も厭わず来ている

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       鵯は人には敏い習性の様だが、時には長居をすることもあり
       土管を利用して俄かに拵えた水飲み場で水を飲んだり
       狭い容器の中で水浴びもして帰る。
       鵯が一度水を浴びると容器の水は半分以下になってしまうのだ。
       目白が来ているうちは、散々鵯の悪口を言っていたにもかかわらず
       朝水を足すのが楽しみとなって、私の自己中心的な性格も丸出しだ。

       鷹化してくぐもる鳩の声ならむ      ふきのとう
       
posted by ふきのとう at 17:57| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする