2017年04月07日

今年また

               時期を同じく
       昨年もこの時期に頂いた卵、久しぶりに逢う友人のお土産だ。
     
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       卵にはとても苦い思い出がある。結婚して新生活のスタートは大阪であった。
       それまで「食」と「住」は親の庇護に在り、のほほんと暮らしていたのだが
       いきなり放り出された23歳、と言っても充分大人の年齢のはずなのだが
       暮していくことの難しさを嫌と言う程味わったのだった。
       料理教室で習った料理ばかりをしていたら、あっという間に家計費が底をつき
       自身の手持ちの僅かなお金も底をつく羽目となった。
       特に卵の減り方の脅威を目の当たりにして、反射的に卵を食べることを私のみ控えた。
       それまで養鶏を生業にしていた兄夫婦のお蔭で、卵はただ同然と思って食べていた。
       勿論売り物には出来ない破卵や規格外の物を食べるのだったが、買って食べる経験はなかった。
       私が食べなければ1ケースの卵が数日はもつこと、そして私は「卵嫌い」?なった。
       その経験の反動とでも言おうか、その後、卵を過分に買うようになり、元より嫌いではない
       卵だから良く食べるし、卵入れを満杯にしておかないと気が済まない習性が身に付き、今に至る。
       原則5月までは冷蔵庫には入れないのも私の卵への執着だ。

       キッチンに卵が孵りそうな夏      ふきのとう

       1つの卵がひよことなり、やがて成鶏となって沢山の卵を産む
       その源の卵なのだから食べればパワーが湧くに違いない、と言う
       極めて原始的な発想が、卵を愛してやまない私の持論でもある。
posted by ふきのとう at 09:27| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする