2017年01月31日

菩提寺から

                節分の贈り物
       菩提寺と言っても正確に言えば生涯を独身で73歳で鬼籍となった次兄が
       世話になっている寺のご住職が毎年届けてくれる節分の豆と面が昨日届いた。
       実家が長兄も既になく、甥の世代になっていたため、末っ子の私が喪主となったのだった。
       住職は思想も暮らしも簡素であり、出来る事なら自身もこの寺にと思うが
       既に墓地の用意もあるし、今さらながら早まってしまったと思うが仕方がない。
       この豆も勿論有り難く食べるが、節分には大豆を炒るのが私の流儀。
       炒り大豆と動物ヨーチ、落花生も混ぜて撒くのが我が家の慣はしだ。
    
       DSCF3433.JPG

       如月の鬼より怖し胸の内      ふきのとう

       次兄とは九つ違いで、その間に兄妹がいないから年齢としてはいちばん近い
       兄妹だったからとても仲が良かったし、可愛がってもらった思い出も多い。
       ああ、兄よりも長生きしてしまった......。

       早世の兄に想い出黄水仙      ふきのとう
       
posted by ふきのとう at 08:21| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やはりふきのとうさん、節分の行事も丁寧になさるのですね。この頃何でも端折ってしまう身を反省します。
お兄様との思い出はさぞかしいいものなのでございましょう。「黄水仙」が象徴的だと思います。
Posted by octpus11 at 2017年01月31日 21:37
可愛い鬼ですね。
北海道では落花生を撒く、と聞いたことがあります。
撒いたあとでも食べられるから、と友人の話でした。

豆は撒きますけど、最近は大声で撒くお宅がないので・・
鬼はそと〜 とささやきます。鬼が逃げませんね。

大人数の末っ子は、何ごとも損することが多いでしね。
好きな兄姉ほど惜しまれる年齢で世を去ります。
せめて、平均寿命までは生きて欲しかったお兄様の年齢。
お姉様がその分を長生きされろことでしょう。
Posted by KUMI at 2017年02月01日 15:54
octpusさん
節分に大豆を炒るのはその後で、熱い豆に打たれるので
鬼が逃げてゆくのだと母に言はれたものです。
子供の頃、言はれた言葉はいつまで経っても忘れないものですね。
へつっいに乗せた鉄なべで炒るのでしたが、雑木をくべるのは私の役割でした。
その影響でしょうか今でもフライパンで大豆を炒っています。

大好きな兄でした。我が家の庭木は兄が植えてくれたものが数多くあります。
Posted by ふきのとう at 2017年02月02日 17:57
kumiさん
鬼が笑っていますね。
本当は大声を出したいのですが、気恥かしくて.....。

末っ子は得だと言はれますが、その実、両親、姉兄とは誰より早く別れますし
最後は一人ぼっちです。(順よくゆけば)
私にとって次兄はもう少し長生きしてほしかった。
今年90歳の長女と私は性格も違い、どおしても他人行儀な付き合いです。
Posted by ふきのとう at 2017年02月02日 18:05
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