2017年08月09日

長崎忌そして私の誕生日

             嗚呼....誕生日
     きっぱりと在る今朝の碧空、長崎の人達にとってあの日はキノコ雲の
     空を目の当たりにしたことだろう。
     広島忌は台所に立ちながら、今日は夫のベットの脇で黙祷をした。
    
     そして今日は私の誕生日、午前4時に生まれたと亡母から聞いている。
     終戦は3歳だから記憶にとどめていることも沢山ある。
     父は母と結婚する前と結婚後にも出征しているし、兄は油送船に乗っていて
     3人の姉達はいずれも軍事工場で「風船爆弾」を造っていたと言う。
     中学生の次兄と私は防空壕へいつでも入れるように、庭の隅で遊んでいた。
     敗戦も、原爆投下も過去の事ではない、戦争は勝っても負けても双方に
     取り返しのつかない負荷をもたらすだけだ。

     DSCN0216.JPG

          被爆せしは過去には非ず長崎忌       ふきのとう
posted by ふきのとう at 19:25| Comment(10) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
広島・長崎そして終戦8月は考えさせられる事多いですね、
世界ではなってはいけない人が指導者になって不安です
姉は豊川の「海軍工廠」へ学徒動員で働いて
空襲の日は幸いにもお休みしていたと聞いています
二人の兄は両親と共に空襲の中を逃げたと言ってました
Posted by 助っ人“恵” at 2017年08月09日 22:08
二人の指導者の罵り合いに背筋が寒くなります。只々平和であることがどんなに幸せなことか、心からそう思います。
Posted by octpus11 at 2017年08月10日 06:49
戦後72年経つと戦争を知らない政治家がほとんどになってしまいます。
それが怖いです。
もはや戦後ではない。。。。否 過去にならない戦後です。
Posted by あずき at 2017年08月10日 07:14
助っ人“恵”さん
そうですね、両親兄姉、みな戦争体験者でした。
国のトップに立つ政治家に一言申し上げるなら
戦争は単なる殺戮行為なのです。
最もトップに立つ方達は、前線には立たずですから
戦争の無意味な事も理解に薄いのかも知れません。
Posted by ふきのとう at 2017年08月10日 10:29
octpusさん
昨日の朝の清々しい青空の果てには戦死者や
親を失った子供たちが暮らしているのですね。
そう思いますと、美しい青空を喜んでばかりは居られないのです。
嘗ての、周恩来首相とネール首相の共同声明は死語に
なってしまったのでしょうか。
Posted by ふきのとう at 2017年08月10日 10:35
あづきさん
総理を始め奥の政治家は戦後生まれですね。
辛うじて戦中に生まれましたから、平和の尊さを
次世代に示さなくてはなりません。
身近な家族に、戦争の負荷を話すにはお盆は持って来いかも知れませんね。
Posted by ふきのとう at 2017年08月10日 10:39
白い鶴
 鎮魂のおもいですね。
Posted by 羽衣 at 2017年08月10日 18:24
さっき、TVで西村京太郎さんが話していました。
14歳で陸軍幼年学校に入ってすぐに終戦だったそうです。
幼い時から「お国のため」を叩き込まれて、終戦。
戸惑ったことでしょう。
貴重な生き残り、と思いました。

お誕生日を「おめでとう」と言えない気持ちになる誕生日ですね。
戦争を体験した人は強いです。


Posted by KUMI at 2017年08月10日 23:16
羽衣さん
傍らに置いてあった懐紙で心を込めて折りました。
改めて「白」の重さを感じたのでした。
8月は祈りの月ですね。
Posted by ふきのとう at 2017年08月13日 08:07
kumiさん
終戦時、小学三年の夫は、朝に夕に昭和天皇の
御影を拝することに始まったと言います。

丹治曜日、この日から後期高齢となりました。
出来る限り社会のお荷物にならぬように心掛けたいと思います。
Posted by ふきのとう at 2017年08月13日 08:15
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