2017年08月13日

キツネノカミソリ

         今朝気付く
       夫の朝食を済ませ、ふと庭の片隅に眼が届くとキツネノカミソリが咲いているではないか。
       早くも咲き終はったものもあるがこれから咲くものもあるのだった。

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       山中に生えて、花後に出る葉が剃刀に似ていることがこの花の名の由縁らしい。
       この葉で顔を剃り、木の実を砕いて化粧をするキツネを想像するに余りある御伽の世界だ。
       ふと、何年も前の結社の記念大会が甦る。
       偶然中の偶然!結社の賞「石川桂郎賞」を頂いた時、師の随筆「剃刀日記」の朗読が披露された。
       結社に属し、劇団にも属する女優の朗読だったから見事であった。
       死者の剃刀や、大金持ちの娘さんの嫁入り前夜の剃刀など、天鵞絨の声での朗読は
       身震いを持って聴いたのだった。
       師系から言えば私たちは孫弟子かも知れぬ。そう、恩師、神蔵器師をしのぶ会からの知らせもあり
       万障繰り合わせることが出来たら出席したいと思っている。

          母と子の影絵の狐夜の秋      ふきのとう 

       

      
posted by ふきのとう at 08:47| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

長崎忌そして私の誕生日

             嗚呼....誕生日
     きっぱりと在る今朝の碧空、長崎の人達にとってあの日はキノコ雲の
     空を目の当たりにしたことだろう。
     広島忌は台所に立ちながら、今日は夫のベットの脇で黙祷をした。
    
     そして今日は私の誕生日、午前4時に生まれたと亡母から聞いている。
     終戦は3歳だから記憶にとどめていることも沢山ある。
     父は母と結婚する前と結婚後にも出征しているし、兄は油送船に乗っていて
     3人の姉達はいずれも軍事工場で「風船爆弾」を造っていたと言う。
     中学生の次兄と私は防空壕へいつでも入れるように、庭の隅で遊んでいた。
     敗戦も、原爆投下も過去の事ではない、戦争は勝っても負けても双方に
     取り返しのつかない負荷をもたらすだけだ。

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          被爆せしは過去には非ず長崎忌       ふきのとう
posted by ふきのとう at 19:25| Comment(10) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

広島忌 そして星祭

              広島忌
      72回目の広島忌、台所に立ったままの黙祷だった。

      今日は宵祭り、明日はひと月遅れの当地の七夕祭だ。
      ご近所から良い塩梅の今年竹を頂いて、ささやかな七夕祭りの支度する。
      少しの短冊と、でんぐりを笹に結い、一応の形は整えて飾った。

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      明日の朝は習い通りのお赤飯を炊こう。
      娘が保育園(当時幼稚園は近くには無かった)に入園した時のこと、星組のクラス24人中
      22人はこの日のお弁当に土地のしきたりであるお赤飯を持ってきたのだった。
      娘ともう1人の子のみが白米のお弁当であり、娘は大泣きをした言う。
      それ以来私もこの日の朝は赤飯を炊く事が身に付いたのだった。
      
      天つ辺に夫への願い星迎       ふきのとう
      願ふこと夫のことのみ星まつる   ふきのとう
      スタイリストになると言ふ夢星祭   ふきのとう

      昨日来た小5の女の子が数枚の短冊を書いてくれていた。
      祖父の全快を願うと共に、将来の夢として「スタイリスト」と記してあった。
     
posted by ふきのとう at 20:03| Comment(10) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする