2018年07月14日

かわいい訪問者

              この辺りでは昔の人
チャイムが鳴って制服姿の3人中学生の訪問を受けた。
音楽の授業で教科書には掲載されていない「昔の人の歌っていた歌」を調べているので知りたいと言う。
「ああ、そうですか、ここじゃなんですから、お上がりになりますか?」
もじもじしているので「お時間が無いのかな?」と問いうと、「たくさんあります!」と言うではないか。

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てっとり早く↑の本を出して見せた。

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「若い頃の本なの、殆ど処分してしまったけどこれは残しておいたの、よく歌った歌には丸印が付いているのよ」

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「ほんとだっ!おばさんG,スカウトって...なんですか?」
「ガールスカウトのことなの、昔入団していたことがあったの」
「すご〜い!」
「昔は誰でも入団できたのよ、今みたいに塾や習い事もなかったから」
「失礼ですけど、おばさん何歳ですか?」
「8月が来ると76歳、皆さんのおばあちゃんより、ちょっと高齢かしら」
「ぜえ〜んぜん若い!」
今時の中学生は「年より対応」も出来ていて、社交辞令も言える。
待てよ!授業の前に先生からのマニュアルがあったのかな?独り暮らしのことには、触れずにおいた。

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経年のため、ビニールの表紙も縮み、歌詞も中身もセピア色になってしまった。

若き日の歌の手帖や夏の果て      ふきのとう

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posted by ふきのとう at 09:18| Comment(11) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月11日

みんな優しい

             ヤクルトそしてカルピス
「好きな飲み物は」と、問われれば「緑茶、水そして...紅茶、珈琲の順かしら」と答えるだろう。
「緑茶」と言うのは不自然であり、お茶と言えば済むはずだが、今は時として「緑茶」と言ったりする。
学生時代の夫は1に珈琲2に珈琲、就職してからは専らコーラ、就職後、長期出張の静岡に来てから
緑茶を飲むようになったと言う。
田舎娘の私は緑茶と水以外の飲み物はオレンジジュース位のもので、コーラにも、珈琲にもご縁は無かった。
「喫茶店に入ったり、流行歌を歌うのは不良」が合言葉の10代だった。(NHKのラジオ歌謡は別枠)
中学生時代、流行歌を歌い、先生に告げ口され、廊下に立たされる生徒も大勢いた。
私がこの「罰」に遭うことが無かったのは、幸か不幸かひどい音痴だからであり、音痴でなかったら、
誰よりも多く立たされたに違いない。

娘に奨められてヤクルトを飲むようになって7年ぐらい経つが、晩年の夫はヤクルトが好きで
朝食時に必ず2本のヤクルトをテーブルに並べるのだった。
冷蔵庫を開けることの無かった夫の珍しい行為だった。
配達員は30代の愛らしい女性で、速足では歩けなくなった夫に不満も言わず、玄関で待っていてくれた。
私が対応すればよいのだが、この女性と二言三言会話するのがとても楽しみの様子だったから...。
或る日、勝手口から出て行って「ご免なさいね、お急ぎでしょうに、主人は体力が無いものだからゆっくりで、
でもあなたとお話するのがとても楽しみのようなので...」と言うと
「そんなこと言わないで下さい、お父さんのお顔を見ると私もほっとしますので」と、言われ、
何度も目頭を熱くしたのは去年のこと、今朝の配達時に「あれから1年経ちますね、今年は初盆ですか?」
「まあ!覚えていてくれてありがとう、そうなの、お初盆!少しづつ始めて、お蔭さまで、仕度も整いました」

そう言えば昨年、納骨前の祭壇が設えてあった時、やはり配達時に「お参りさせていただけますか?」と
言われて、上って頂いたのだった。
いつもはヤクルトとお茶を進ぜるのだが、今朝は甥から貰ったカルピスも進ぜた。
甥の誘いで色々な所に連れて行ってもらったが、飲み物と言えば決まってカルピスを買うことを知っていた
甥も、来る度に仏前にカルピスを供えてくれる。みんな優しい。

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明け暮れの風鈴にある今日の風     ふきのとう


posted by ふきのとう at 12:16| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月09日

突然だけど

                    いいかしら?そして...名前
「今ね、Mさんの所に居るの、Yさんも一緒なの!3人でお邪魔してもいいかしら?、晴れてきたし」Uさんから電話。
「来て!来て!」私も入れていつもの4人、Yさんと私は同じ齢、Mさんは4歳若く、電話をくれたUさんは7歳若い。
皆さん御持たせのラーメンを私が作った。モヤシ、キャベツ、ピーマンを炒め、竹輪と目玉焼きのトッピング、副菜
無しの夕飯を食べたのは、昨日午後6時だった。
「1人じゃないから、ラーメンも美味しいわね!他に何かあると良いんだけどゴメンナサイね、何にもないのよ!」
冷蔵庫にある作り置きのおかずも、4人で食べる量は無い。「デザートだけはあるわ!いただきものだけど」
そんな言い訳をしながら久しぶりに食べたラーメンの美味しかったこと。

話題は名前に終始一貫、実に楽しかった。私以外は皆、名前の下に「子」の字が付く。
「私、もの心ついた時から、自分の名前が嫌で嫌で、仕方がなかったのよ」
「ええっ!いい名前じゃない、どうして?」
「嘘ばっかり!いい名前であるもんですか!」
「お世辞じゃないのよ!いい名前じゃない!」
「まあっ!人ごとだと思って!子、江、代、美の付く名前をどれだけ羨ましいと思ったか、「子」の付くあなたたちには
多分理解できないでしょうね!」
「主人に名前を訊かれた時は最悪だったわ!知っていてわざわざ訊かなくてもいいのにって思ったわよ!」
「皮肉なものね、私なんか平凡で、ちゃんと考えて付けたのかしらって思ってたから...」彼女の名前はヨウコ
私と同じ齢、後の2人は人はクニコ、そしてアイコ、代れるものなら代ってもらいたい名前だ。
「ねえ?皆さんご主人に名前で呼ばれたことある?」
「ええっ!何で?〇〇さんは名前で呼ばれていなかったの?」
「面と向かって名前で呼ばれたこと、1度もなかったわ、多分、彼は私が自分の名前をひどく嫌いだったことを
知ってたから...」
「じゃあ、なんて呼ばれてたの?」
「対面している時は君、そうじゃない時はオイかな、子どもが生まれてからは「お母さん」息子が幼稚園の面談で
「お母さんのお名前は?」って聞かれた時「〇〇オイです!」って答えて、園長先生が困っちゃったのよ!」
地方の田舎に暮らす婆さんだから、差し支えは無いと思うので白状するが、私の名前は「スエノ」母に相談もせず
父が付けた名前、病院や公的機関で名前を呼ばれる度に今でも憂鬱を隠せない。
「どんな字を書きますか」と、問われる度に
「末っ子の末に野原の野と書きます」...嫌々ながら何回唱えてきたことか......。
話も白熱し、気が付けば夜も9時を過ぎ、皆さん慌てて帰路に着いたのだった。
水害に遭われた皆様には申し訳ないが、何と嬉しい訪問であり、楽しい時間を過ごすことの出来た夜。
50数年、夫に名前で呼ばれたことは皆無であった.......。

産院から退院、既に出生届がなされ、2人の子供の名前に母親の私は関与の余地はなかった。

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聴くだけのラジオ体操戻り梅雨     ふきのとう

追記、夏生まれのワタクシ、同じ「の」が付くのであれば「奈津乃」がいい、嗚呼!なんとかならないものだろうか。
    いや、本気でそう思う...。
posted by ふきのとう at 06:40| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする