2018年07月04日

母の口癖...家系的遺伝

                不意打ちの訪問
或る日母は、父の母親、母には姑が身内2人を伴っての突然訪問を受ける。しかも昼時だったと言う。
ご飯は沢山あったがおかずが無い、近くの魚屋さんで「鯖」2尾を買い、畑の葱と煮付け、煮豆と杓子菜の
胡麻和え、味噌汁と糠漬で、母としては出来るだけの持て成しだったようだ。
帰る際「農家だから大丈夫だとは思っていましたが、ご飯が豊富で安心しました」と姑の挨拶があったと言う。
その事が因したであろう「ご飯はぎぎりに炊くもんじゃない、少し多めに炊くように」が母の口癖だった。
そして、肝心な教えは聞かないのに、姉妹揃って今でもご飯やおかずを多い目に作り、殊に顕著なのは長姉で
この辺りでよく言う「馬に背負はせる」ほど炊いたり煮たりで、邪魔した帰りにはパック詰めを持たせてくれる。
この遺伝子はどうやら「優性」の遺伝子らしく、姪たちにも漏れなく遺伝して、法事などの集まりに話題となる。

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庭のアカシデの花、剪定もれの枝に

想ひ出の刻み煙草や釣忍     うきのとう



posted by ふきのとう at 09:29| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月03日

父の口癖

         「平素の行い」と「命(めい)は食にあり」
父は明治34年生まれであり、大正13年に隣村から婿入りした。
自ら馬に乗って来たと言うから、よほどの馬好きであり、2度の戦争も騎兵隊に続したという。
と言うと、さぞや「きりりと」と思うのは早とちりと言うもの、隣村の米屋の三男だった。
この父が↓の才色兼備な方、Nさんとご縁があり、これも「早とちりは」禁物、句会の折に、Nさんが私に
「Sさん(私)はK(父)さんのお嬢さん(これも早とちりは禁物)ですってね!?」
「ええ、そうです」
「それじゃあ、Kさんの一番末のお嬢さんですか?」
「はい、一応」...一応と答えたのは、私はお嬢さんではないからだ。
「そうでしたか、お父さんとは老人会でよくご一緒するんですけど、1度でいいから、先にご挨拶をしたいと
思ってるんですけど、いつも先を越されちゃって...静かないいお父さんですね」
「そうでしょうか?父は米屋の三男ですのでご挨拶には馴れているのだと思いますよ」
「ああ、お米屋さんの...そうでしたか...ほんとにいい方で...」Nさんとは、地域の老人会(60代から)
でご一緒、馬に乗って「婿入り」したのも単なる馬好き、従がって、私も「お嬢さん」にはご縁もなく、Nさんの言葉の
綾であることがお解りいただけたと思う。「もの静か」は大幅に譲歩すれば、間違いではないかも知れない。

この父の口癖は、私達の誰かが、失敗や困難にぶっつかると「平素の行いが悪いからだ」と容赦なく言い、
食事の度に「命は食にあり、行儀よく、好き嫌いを言わず、残さず食べるように」が口癖だった。
私達姉兄は、支障をきたすことがあると「平素の行いが悪いからよっ!」と異口同音に言っては、今でもよく笑う。
そして「命は食にありって、おじいさんが良く言ってたけど、ほんとにそうだと思うよ」晩年の夫の口癖であった。
因みに父も、夫も長男もそろって丑年である。

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独り居の口とっときのさくらんぼ     ふきのとう
posted by ふきのとう at 08:52| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

そばポーロ―...そして父母のこと

               久しぶりに目にした...
洗剤が欲しくて、家から自転車で5分位の距離にある新設されたばかりの大型スーパーに出かけた。
洗剤めがけて一直線、帰りの通路で「そばポーロ―」が目に入った。

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「わ〜ッ、久しぶり!買って帰ろう」思わずつぶやいて買った「そばポーロ―」今は亡き俳句の先輩(年齢)の
大好物だ。私よりも後に入会されたのだが、先輩はこの地域では名家に育ち、知る人ぞとる才色兼備な女性であり
幼い頃から私も話を聞き、知らない訳では無かったが、俳句の師の幼馴染でもあり、入会を希望したようだ。
年上の先輩たちは口を揃えて
「気位が高いでしょうから...付き合いが難しいし...」と様々意見も出て難航した。
1番年下の私に師が言った。
「〇〇さんはどう思う?、遠慮くなく言っていいよ」すると年上の先輩の1人が
「〇〇さんは若いからあの人のこと、知らないんじゃないの?」と言った。
「ええ、お顔は存じています、知らないから、お会いしてみたいと率直に思いますし、俳句上のお付き合いなら別に...どうってことないと思いますが...」と、
私の意見を師も取り上げてくれて「お試入会」の運びとなった。「お試入会」とは、私が命名しそのあともに入会する
人によく言ったのだった。

「そばポーロ―」を持参して「お試入会」に彼女は現れて
「私の大好きなお菓子です!色々なお菓子を頂きますが最後にはこれに行き着くのです、初めてお持ちするには
とも思いましたけれど...」といい、手提げから取り出したのだった。
この後、正式に?入会され、82歳で鬼籍に入るまでお付き合いさせていただくこととなったのだった。

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そばポーロ―さんと夫と私の分のお茶を淹れて、ささやかな「お三時」をした。

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       夫の撮影写真

昭和62年10月10日、この会の10年の記念写真、今もお付き合いのある句友の許可を得た、最高齢は94歳、
心身ともに今も健やかであられる。

入会 7年、当時未だ結社には属せず、結社に属したのは平成10年からと記憶する。

 愛の羽    ふきのとう

縫い上げし子のワンピース日脚伸ぶ     待つといふこの静けさや今日の月

美濃紙に御顔かくし雛眠る           露けしや千草とふ名の橋わたる

花冷えや紙人形の衿あはす          おばしまの朱を極めけり秋しぐれ

母に触れ子にふれ穂絮流れけり       コスモスの種包みある飴の紙

おちこちに流れ雲あり西行忌         作業衣に愛の羽付け夫帰る

鮎の貌失はずして焼かれけり         追儺鬼転びて人を顕はにす

盧舎那仏のほほ豊かなり若葉雨       舟に乗る逢きものに冬かもめ

梅雨晴れて十二単の巫女に逢ふ       石仏は椿に埋もれ風岬

初つばめ翼田水に触れて来る         この辺り落人部落虎落笛

これよりは廟に入る道著莪の花        眠りより覚めし陶土や初轆轤

嗚呼!十年一日を免れず、良く続いたものだと今更ながら思う次第だ。
この時代、夫は既に陶器をつくることを趣味としていたことも記録となる句もある。

長くなるので「父母」のことは後に...続く








posted by ふきのとう at 08:56| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする