2017年02月17日

そばかす

                  思春期.....?
      絵を描いてさえいればいつもご機嫌な女の子、この春は小学五年生になる。
      いつもはお姫様や、自分が着てみたい洋服などを着た女の子の絵を細かに描いていたのだが
      娘のからの絵を見てびっくり!自画像だというその絵には、そばかすが描いてあった。

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      彼女の今、一番の気掛かりはうっすらと顔に出はじめたそばかすらしい。
      私がそばかすが気になったのは社会人になってしばらく経ってからのこと
      この子の上には今年高校生になる双子の兄がいるが、男兄弟だから
      そばかすなどの話はあまり関はりもないだろう。
      成長の早い現代っ子だとしても少し早すぎるのでは、昔人間の祖母は思うのだった。
      「自分顔のそばかすに怒りを感じている」といふ注釈つきの自画像だった。
      あまりに似ていて思はず笑ってしまった。

      そばかすの早も幼なに花木五倍子    ふきのとう
      自画像にそばかす少しすずめの子    ふきのとう
posted by ふきのとう at 18:53| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

思い立って

                よもぎ餅
       時に「くさ餅」とは言うものの、この辺りでは昔から「よもぎ餅」と言う。
       たが現代の若い人たちはみな「くさ餅」としか言はないし、私世代でも
       大方は「くさ餅」派だ。息子の就職が決まった時、「母さん、蓬摘みに行かない?」
       よほどホッとしたのだろう、その頃飼っていた犬と大井川の中洲に蓬摘みに行ったのだった。
       あれから20年の歳月が経った昨日、その場所に行って見た。
       枯れかかった茅の中に沈むように、蓬はあった。顧みると蓬摘みに私を誘った息子は
       ほとんど蓬は摘まず、犬と遊ぶのだった。そう、蓬摘みは誘い文句、これからの就職で、
       愛犬と離れることが寂しかったのだろう、と今更ながらに思った。

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              青菜と同じで、小量となる

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       今朝、正月の残りの糯米でよもぎ餅を搗いてみた。もう少し摘んで来ればよかった。

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       ここからはてんでに蓬摘みはじむ     ふきのとう
       
       
posted by ふきのとう at 10:00| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

公園と隣るコーヒーショップ

               初めての入店
       会計事務所に用事があり、隣町まで出かけついでに
       昨年の暮れにオープンした大型cafeに今日初めて入ってみた。
       
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       外見よりも店内は落ち着いていて、高齢の私達にも比較的馴染める。
       応対もとても清々しく、まだ早い事も有り、店内は空いていたので
       窓側の公園に対峙する席に座る。ブラインドがあって外は全開に見えないが
       水鳥が群れ成して着水したり飛び立つ様子がよく見えるのだった。
       開店直後にご夫妻で訪れたという友人は「こんな騒がしいところ」とご主人から
       苦情を言はれたと言うが、私達の耳のせいか、周りの雑音はあまり苦にならない。
       むしろ気を遣うことなく会話するにはちょうどよかった。
       カフェラテ1杯づつで1時間をゆっくりさせたもらった。
       出来れば公園内を歩きたいところだが、強風に煽られた池の水が遊歩道にまで飛び散り
       面倒ななことになってもつまらないので帰宅、そろそろ梅も見頃だろうからまた来よう。

       水鳥の抜き脚赤し根無し雲     ふきのとう
       今日はこの水に慣れしよ都鳥    ふきのとう
 
       
posted by ふきのとう at 15:09| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

新しいオーブントースター

                   私より長持ち
        17年使用した先代のオーブントースターの内面も錆びが浮きはじめ
        使用不可能とまではゆかなかったがこの際、欲しかったオーブントースターを購入
        したいと思ったものの、消費電力1200Wだから使用不可能かも知れないが、
        他の機種には譲れないし、どうしてもこのメーカーが欲しかった。
        このメーカーには今まで使用していた1000Wの機種は無く、最低のW数が
        1200Wなのだ。
        そこで15Aの電力量を20Aにする試算をしてみると、1月当たり約140円の契約料金
        アップだった。
        早速電力会社に相談、窓口の女性がとても親切で日常の暮しの事、現在使用している
        他の家電器具等々質問に答えると、当面今のままの電力量で使用してみて不具合が
        生じてから電力量を上げてはどうかと言はれた。
        果たしてパンも、餅も申し分ない焼き上がり、そして15Aも健全に働いてくれている。

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        丁寧に付き合えば私よりも長持ちきするだろう。

        朝寒の犬にやるパンきつね色     ふきのとう  俳句を始めて間もない頃の句だ
        
posted by ふきのとう at 20:50| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月03日

私流節分会

              病気は外健康は内
        大豆と落花生、動物ヨーチ例年通りの豆まきの用意が出来た。
        「鬼は外、福は内、?????」耳をそばだてて聞いてみると
        「病気は外健康は内」夫が確かにそう言っている。これはうまい!
        私も習って小声で同じことを言った。
        昔はもっと大声で言っていたが、昨今どこの家からも、節分の鬼を遣らう声などしない。

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        大豆を炒りついでに「醤油豆」の作り置きをした。
        水、醤油、みりん、細く切ったスルメに出し昆布を煮立てて
        熱々の炒り大豆を汁の中に入れるだけで香ばしい醤油大豆の出来上がり。
        歯が丈夫であれば簡単で美味しい箸休めになる。

        豆を撒く背後に鬼の気配して       ふきのとう
posted by ふきのとう at 21:02| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

菩提寺から

                節分の贈り物
       菩提寺と言っても正確に言えば生涯を独身で73歳で鬼籍となった次兄が
       世話になっている寺のご住職が毎年届けてくれる節分の豆と面が昨日届いた。
       実家が長兄も既になく、甥の世代になっていたため、末っ子の私が喪主となったのだった。
       住職は思想も暮らしも簡素であり、出来る事なら自身もこの寺にと思うが
       既に墓地の用意もあるし、今さらながら早まってしまったと思うが仕方がない。
       この豆も勿論有り難く食べるが、節分には大豆を炒るのが私の流儀。
       炒り大豆と動物ヨーチ、落花生も混ぜて撒くのが我が家の慣はしだ。
    
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       如月の鬼より怖し胸の内      ふきのとう

       次兄とは九つ違いで、その間に兄妹がいないから年齢としてはいちばん近い
       兄妹だったからとても仲が良かったし、可愛がってもらった思い出も多い。
       ああ、兄よりも長生きしてしまった......。

       早世の兄に想い出黄水仙      ふきのとう
       
posted by ふきのとう at 08:21| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

久し振りの読書

                 日本語二冊

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     読むために買っても読まずに、積んだままになっている本を少しずつ読むことに。
     津田幸男著「日本語防衛論」内館牧子著「カネを積まれても使いたくない日本語」
     題名が厳ついが、漫画が理解できない私にもさほど難解ではない内容だ。
     ただ、寄る年波には勝てず、納得のいく名文が私の脳内に止まる量が少ないのは惜しい。
     内館牧子著は私たちが日ごろ難なく使う「生きざま」と言う言葉は<格好をののしっていう語。
     ていたらく>「様を見ろ」とか「様はない」などと醜態につけられるものであり、たおやかで
     上品な女性たちが目上の人への賛美として堂々と使う、〇〇先生の生き様は憧れであり少しでも
     近づけますよう努力したいと....」などと、適切ではない事、マジ、ヤバイ、やっぱ、ぶっちゃけ、
     全然オッケー、と挙げればきりがないことを著者の軽妙な言葉で述べている。
     私の気にしている言葉「〜かな」使いどころが良くないと記されていた。
     津田幸男著は日本語を守る理由は日本語を疎かにし、日本語が亡くなれば日本は亡びる。
     国語は国家の基盤であること、日本語は日本の「公共文化財」であること等々
     日本に居ては日本語を正しく使おうと。
     読むにつれて藤原正彦著[国家の品格」に共通する。今日まで良く言はれた「自己改革」よりも
     「自己回復」がとても大切だとのべている。久しぶりに本気で読書した。

     日脚伸ぶ猫の寝ている飾り窓     ふきのとう
     
posted by ふきのとう at 14:24| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする