2018年03月21日

初彼岸

             牡丹餅
    昨日作り置いた小豆餡で夫に「牡丹餅」を作った。少し小ぶりに。
    いつまでこんなことができるものやら解らないが、できるうちは手作りしようと思う。

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    2合の糯米で小ぶりの牡丹餅が16個できた。旅から帰郷した日、隣町の里山に暮す友人からの
    贈り物が玄関のドアに掛てあり、開いてみると春キャベツと太葱、手作り蒟蒻そして初物の筍が入っていた。
    「今朝採りました、お彼岸だからご主人に筍飯をあげて下さい」とメモが添えられて。
    今朝、筍飯を炊き「東光寺のサナエさんからです、召し上がれ」牡丹餅と供えた。

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    筍飯があまりにも美味しくできたので一緒に食べたならきっと「お代わりある?」って言っただろう
    と思ったら、また泣けちゃった。......困ったものだ...。
      
        ぼた餅のみちのく振りや初彼岸    ふきのとう
posted by ふきのとう at 11:57| Comment(12) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

雪国へ夫と共に

              夫の郷里へ.....
     早朝迎えに来てくれた姪の車で家を出た。東京発7時14分で新花巻へ。
     目的は病床にある兄嫁を見舞うための旅である。
     兄嫁の病状が深刻であることは知らされていて、見舞おうか否か思案中の私に、娘から
     「お父さんを連れて行って来たら」と言うメールがきた。折しも「僕の代わりに行って来てよ」と
     夫に言われているような気もしていた時であったので思い切っての旅となった。
     何度となく乗る東北新幹線、予め窓側の座席指定を予約していたから.....
 
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     窓脇に夫を置いて、「今、宇都宮よ、郡山です、仙台です、只今、くりこま高原を過ぎました。
     大柴山、花渕山、禿山の主峰も見えますよ、とてもいいお天気です、一ノ関に停車しています、
     水沢江差を通過しました、北上川が見えました、そろそろ新花巻だから背負いますね」などと
     語りかけながら車中を過ごした。
     リュックに入れて...駅に迎えに来てくれた甥の車に乗り夫の生家へ着いた。
     何年振りだろう兄嫁と対面、想像を超えて元気であったし、いつも気に掛けていてくれた義弟、
     つまり、私の夫の話も沢山出来た。「僕が小学校5年生の時、嫁に来たんだよ」と聞いていたが、私は
     夫の勘違いではないかと思っていたが、私の勘違いであって、18歳で嫁に来たと言われたから
     夫の言うとうりだった。兄嫁はいつも「〇〇さんは色白でとても可愛かった」と会う度、私に言う
     のだったったが、私の知っている限り特別色白とは思わないから、子供の頃は白かったのだろう。
     夫と共に来たことを告げると、夫の遺骨を愛おしそうに撫でながら「私と話して、〇〇さんさ安心
     して逝ったんだと思ってる」と言った。実は私もそう思っていることを伝えた。
     兄嫁からの電話は、生前の夫が家族と話す以外、最期の言葉を交わした相手となった。
     嫁に来てまもなくの頃、小学生の夫に誘われて、山に散歩に出かけ、気楽な嫁に思われてしまった
     た日の事など、私の今まで知らなかった話も聴けて、何よりも元気そうな兄嫁に会えてとても嬉しかった。
     甥の娘が家を継いでいて子供が3人、そして近くに住む姪やその子供たちと賑やかなひと時を
     過ごし、勤めて明るく振る舞っていたが、帰りの新幹線の中では気か緩み、声が出そうなほど泣けた。
     持っていたマスクで泣き顔を隠し、人目をつくろった。この道程を1人で旅したことは無く、いっも
     夫の後に就いていれば何の不安もなく花巻に着くのだった。片道約7時間の道程、独り旅としては
     結構な長旅であった。いつもなら、花巻を後にして我が家に着いて、真っ先にお茶を淹れようとする
     私に「後でいいから、まあ、座ってよ」「いいのよ、私も飲みたいんだから気にしないで」の会話もない。
     リュックから夫を降ろして、仏壇に収めると言いようのない孤独感に襲われて、呆然と立ち尽くすしか
     術がなかった。

              名代の夫の故郷しずり雪   ふきのとう

     
     
     
     
   
     
posted by ふきのとう at 11:13| Comment(9) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

今日の供花

                貝母
      静かにしずかに開く花「貝母」が咲いた。別称「アミガサユリ」。
      うつむいて静かに咲くこの花が柄にもなく好きだ。初花を切ってて先ずは夫に進ずる。
     
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      ひと日花であるが次々に咲き継ぎ、その色の早緑が清々しく供花にはに誂え向きだ。
      外は糸引く雨、音もなく大地を潤して、正しく「母なる雨」となる。

          母の字の付く語たふとし花貝母    ふきのとう
posted by ふきのとう at 20:56| Comment(14) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

歳月

            歳月に与えられるものと持ち去られるもの
      数日の温かさに、僅かな庭の花々が開き初め、新たな春の訪れが著しい。
      待望の椿「玉之浦」も一斉に開き、ヒュウガミズキ、クリスマスローズも見頃となった。

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      「年年歳歳花相似歳歳年年人不同」歳月に与えられるものと、持ち去られるものがある。
      庭の花の開花を待ち、咲いたことを、真っ先に伝えてくれた夫も今年はいない。
      かつ消え、かつ結びて...夫の愛読した方丈記そのもの...そして私はこの家に独りとなった。

          咳するもせぬも独りの夜をすぐす     ふきのとう
      
      
 
posted by ふきのとう at 08:58| Comment(6) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

終わらない戦争

             「命」ある犠牲

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     暖かではあるが風の強い畑中を今朝も、1人の老人が歩いて行く。
     今年95歳になるこの老人には戦争の影が見え隠れする。
     戦死した兄の、残された妻、つまり兄嫁との結婚を余儀なくされたといわれる。
     兄夫婦には子供は無かったようだが、戦争未亡人となった嫁を実家に帰さず
     弟と結婚させるといったことは、時代として珍しい話ではない。
     私の生家と近い老人の家、もの心ついた頃から、何かと大人たちの話題に上っていたことは事実だ。 
     この老人に纏わる幾つかの話は、当時小学校3年生だった私の記憶に、鮮明に残っている。
     親たちがあまり遊ばせたくない「イサム」ちゃんは、私より1歳年上だったが、私にはとても魅力的だった。
     殺生(魚獲り)は誰よりも上手い、木登りの名人で、イサムちゃんの後に就いて行けば
     美味しいヤマモモも食べる事ができたし、日ごろ怖くて行けない神社の奥まで連れて行ってもらえて
     クワガタや、カブト虫も手に入れることが出来た。その所為であろうか、遊びに行っても
     イサムちゃんのお母親から「イサムは今、気触れ(かぶれ)ているから、うつると困るから
     また遊んで」と、帰ることを促されることが度々あった。少し乱暴なこのイサムちゃんと遊ぶ
     女の子は私の他にはいなかった様に思う。そのイサムちゃんの父親は戦争の犠牲者で
     左手がなかった。前述の老人とイサムちゃんの母親と、怪しい関係にあるという噂を子供心に
     認識はしていたが、ある日、その母親が、夫に裸にされ、棕櫚の蠅叩きで打たれている場面に
     遭遇してしまった。慌てて家に帰ったのだったが、私のただならぬ脅え方に気付いた母に、とがめられ
     見たままを話すと「その話は余所のおばちゃんには決して話さないようにね」と、母からしつこいほど
     念を押されたのだった。それでもその後の私はイサムちゃんとの遊びは止めなかった。
     今の家に転居して着た時、私は29歳、イサムちゃんは30歳になっていたが、翌年の夏
     「お〜い、〇〇ちゃん、いるかね!?〇〇ちゃんが好きなヤマモモを持って来ただけえが」
     「わ〜っ!イサムちゃん!何年ぶり!変わっちゃいないわね、むかしのまんまじゃん!」
     「そうかぇ、〇〇ちゃん、ちいっと、太ったかねっ?」
     「かも知れない!」それっきり、会うことは無かった。その秋、運転していたダンプカーの事故で
     亡くなってしまった。今朝、老人を見かけて、当時の事が脳内を駆け巡るのだった。
     昭和31年、後藤誉之介の言われた「もはや戦後ではない」私には異論がある。
     戦地で戦に従軍するばかりが戦争であり、犠牲者ではない、銃後を守った母親世代、日夜、軍事工場で  
     風船爆弾作りをしていた姉達、忍びないイサムちゃんの母親の姿を目にしてしまった私も犠牲者の
     1人と言えよう。私も、この老人も命ある限り戦後のままだ。

                 彼の夜の灯火管制田螺鳴く    ふきのとう
posted by ふきのとう at 17:04| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

残すもの処分するもの

             押し入れの整理
     夫のものは何ひとつ処分できないが、家を離れた2人の子供の置いて行った物
     私の物の整理をしようと思い、先ずは2階にある2つの押し入れから始めて、本日終了。
     捨てる物と、迷いのある物は取り敢えず物置に保管して置いた。
     その中に我が家の「逸話」?に所縁のある賞状が出てきた。

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     賞状と言っても校内マラソン大会のものだから、A4の簡素なものだ。
     この年、新1年生になった息子は、マラソンが苦手で、半ば自家中毒症気味だった。
     ビリでも完走すれば不参加より意味のあること、当日風邪など引かない様に気を付けようと
     6年生の姉を始め、私達両親も息子に言い聞かせ、日々励ましていたのだが、大会を明後日に控えて
     元気を失い、友達が来ても遊ぼうとせず、どうしたものかと考えた末、私は一芝居打った。
     今で言うホームドクターの八木先生を息子は大好きで、予防接種や水痘にかかった時も
     先生に嫌われたくない一心から「やせ我慢」をするほどだったから、先生の名前をお借りしよう。
     大会前日の夜、用意しておいた片栗粉にほんの少し砂糖を混ぜた「薬」を息子に飲ませた。
     「八木先生がね〇〇のためにお薬をつくってくれたのよ! これはねマラソンにとっても良く効く
     お薬でね、ドキドキしなくなって、お終いまで走れるんだって、嫌なら飲まなくてもいいけど
     どうする?飲んでみる?」果たして息子は飲んだのだった。
     「もう一服あるから、明日の朝も飲もうね!」安心したかのように息子は眠りについた。
     当日の朝「お母さん!お薬ちょうだい!」自ら飲むと言うではないか。
     「ともかく、転んだりしないでね!ビリでもいいから最後まで走ろうね!」
     ビリでも写真に収めようと、カメラを構えた夫と私の前に息子が「二番手」で現れたのだった。
     八木先生の功績は見事であった。医師会の会議中に倒れ、先生は亡くなてしまい無念でならない。
     この薬の種明かしを、嫁を始めて我が家に連れて来た時、話して大そう盛り上がった。

     料峭や背凭れ硬き椅子に座し    ふきのとう

補筆
     娘は走ることが得意で、マラソンや運動会でも応援席いる夫と私に、わざわざ足を止めて
     「お父さん!お母さん!」と、言って手を振り、母親の私は「止まらないで!走りなさい!
     それっ!追い抜いて!」応援した通り走り、周りの父兄に「凄〜ぃ!、〇〇さん、うちの子にも
     声をかけて!」と言われる私は「私が声をかけてもダメよ!お母さんがかけなくちゃ」と言うのだった。

     その後、息子は中高と部活ではバレー部のキャプテンを務めたが、家族四人の中でも、走ることは
     1番苦手のようだった。⇓写真は高校時代の夫(白ズボンを穿いている)運動は得意だったと言う。

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     良くしたもので息子と体系が似ている。


     
    

     
     
     
posted by ふきのとう at 13:46| Comment(11) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

句会

              雨の日の句会
    ふたつの超結社句会に属していて、そのひとつの句会は、昨年から
    外出の遠のいている私のために、句会のメンバーが我が家まで来てくれる。
    お蔭様で、居ながらにして俳句を楽しむことが出来て有り難い。
   
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    なにも持て成しは出来ないが、せめて玄関に花を、と、思い落ち椿を蹲もどきに。
    挨拶句なども頂いたりして、楽しめる。
    お弁当持参で午前と午後の句会、午前中は持参句7句、午後は席題句を3句 互いに出し合いう。
    出席者は4人だから、袋回しは1人12句をその場で作句することになる。
    袋回しは俳句の「遊戯」と、言ったら叱られるだろうか。最初この袋回しを知った時は
    袋回し初心者に対して、いじめ以外の何にでもないと感じたが、今では、すこぶる
    能の刺激になると、思えるようになった。自分なりに、持参句よりも佳句に恵まれたり
    することもあり、不思議だ。今日の「凧」の席題の句もそう思った。

        持参句

    絵硝子の受胎告知や春の月     まさひろ     
    ふぞろひの濠の石垣柳絮とぶ    きょうこ
    散る梅の紅を乗せくるさざれ水   あやこ
    洋上を越え来し旅信初燕      ふきのとう

        袋回し                    席題

    神宮の杜へ誘ふ木の芽垣      まさひろ       芽         
    一団はみちのく訛遍路道      きょうこ       道        
    奴凧天女の浜を俯瞰して      あやこ        凧         
    父の凧子の凧風を分かちあふ    ふきのとう      凧      

    ジュン、ジバゴ、リズはパブの名春の月    ふきのとう

    夫の分のお弁当を作り、出かけた句会、車で送ってもらうのだったが 沿線にある公園に
    見晴らしの良い四阿があり、景色を楽しみながら食べるのだと、夫は言っていた。
    家を出る寸前まで推敲に余念のない私に「忙しそうだから僕のはいいよ」と
    言うのだったが、1つ作るも、2つ作るも同じこと、必ずふたつのお弁当を作った。
    「今日のお弁当、うまかった〜あ」に励まされて。

           掲載句は句会の皆様の了承を得ております。
    
posted by ふきのとう at 09:28| Comment(9) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする