2017年08月13日

恩師の死

               神蔵器先生との思いで
      器先生に初めてお目に掛かったのは、結社に属して間もない頃のことだった。
      鞠子路を吟行される時のこと、グレーのトレンチコートに身を包み葉巻をくわえて
      駅の階段を下りてくる師は、洋画の一齣を彷彿とさせる思いだった。
      それから私が大病するまでの15年間を師の結社で俳句を学ぶこととなったのだった。
      師の右腕とも言はれている方が田舎から出てくる私への気遣いをしてくれて、
      事あるごとに先生と同伴させていただけたのだった。
      かと言って馴れ馴れしくすることは極力避け、私はいつも末席に座るように心掛けていたのだった。
      ところが或る日、師が私の横に座ろうとするので、私は席を立とうとバックを持って
      腰を上げた途端「どうして逃げるの?そこに座っててよ」と言はれ、どぎまぎしたのが始まり
      その後なぜか師の隣に座る事になったのだった。
      「〇〇さん、先生のご贔屓だわね」と冗談で周りの人に言はれることもあり、そんな時は
      「私の声は大きいから先生が聞きやすいからよ」と答えていた。
      夫の趣味の焼き物の事、ビキニデーには久保山さんの事などよく電話も頂いた。
      大好きな珈琲に話が及ぶと「いらっしゃいよ、ハワイコナをごちそうするよ」で終はるのだった。
      9月には「器先生を偲ぶ会」が新百合ヶ丘で行はれ、案内状も頂いている。
      万障繰り合わせて参加出来たら嬉しいと思っているが夫の事も有り解らない。

          夏の星我に幻のハワイコナ      ふきのとう

          師は7月26日黄泉に発たれた。
      
posted by ふきのとう at 17:33| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キツネノカミソリ

         今朝気付く
       夫の朝食を済ませ、ふと庭の片隅に眼が届くとキツネノカミソリが咲いているではないか。
       早くも咲き終はったものもあるがこれから咲くものもあるのだった。

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       山中に生えて、花後に出る葉が剃刀に似ていることがこの花の名の由縁らしい。
       この葉で顔を剃り、木の実を砕いて化粧をするキツネを想像するに余りある御伽の世界だ。
       ふと、何年も前の結社の記念大会が甦る。
       偶然中の偶然!結社の賞「石川桂郎賞」を頂いた時、師の随筆「剃刀日記」の朗読が披露された。
       結社に属し、劇団にも属する女優の朗読だったから見事であった。
       死者の剃刀や、大金持ちの娘さんの嫁入り前夜の剃刀など、天鵞絨の声での朗読は
       身震いを持って聴いたのだった。
       師系から言えば私たちは孫弟子かも知れぬ。そう、恩師、神蔵器師をしのぶ会からの知らせもあり
       万障繰り合わせることが出来たら出席したいと思っている。

          母と子の影絵の狐夜の秋      ふきのとう 

       

      
posted by ふきのとう at 08:47| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

長崎忌そして私の誕生日

             嗚呼....誕生日
     きっぱりと在る今朝の碧空、長崎の人達にとってあの日はキノコ雲の
     空を目の当たりにしたことだろう。
     広島忌は台所に立ちながら、今日は夫のベットの脇で黙祷をした。
    
     そして今日は私の誕生日、午前4時に生まれたと亡母から聞いている。
     終戦は3歳だから記憶にとどめていることも沢山ある。
     父は母と結婚する前と結婚後にも出征しているし、兄は油送船に乗っていて
     3人の姉達はいずれも軍事工場で「風船爆弾」を造っていたと言う。
     中学生の次兄と私は防空壕へいつでも入れるように、庭の隅で遊んでいた。
     敗戦も、原爆投下も過去の事ではない、戦争は勝っても負けても双方に
     取り返しのつかない負荷をもたらすだけだ。

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          被爆せしは過去には非ず長崎忌       ふきのとう
posted by ふきのとう at 19:25| Comment(10) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月06日

広島忌 そして星祭

              広島忌
      72回目の広島忌、台所に立ったままの黙祷だった。

      今日は宵祭り、明日はひと月遅れの当地の七夕祭だ。
      ご近所から良い塩梅の今年竹を頂いて、ささやかな七夕祭りの支度する。
      少しの短冊と、でんぐりを笹に結い、一応の形は整えて飾った。

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      明日の朝は習い通りのお赤飯を炊こう。
      娘が保育園(当時幼稚園は近くには無かった)に入園した時のこと、星組のクラス24人中
      22人はこの日のお弁当に土地のしきたりであるお赤飯を持ってきたのだった。
      娘ともう1人の子のみが白米のお弁当であり、娘は大泣きをした言う。
      それ以来私もこの日の朝は赤飯を炊く事が身に付いたのだった。
      
      天つ辺に夫への願い星迎       ふきのとう
      願ふこと夫のことのみ星まつる   ふきのとう
      スタイリストになると言ふ夢星祭   ふきのとう

      昨日来た小5の女の子が数枚の短冊を書いてくれていた。
      祖父の全快を願うと共に、将来の夢として「スタイリスト」と記してあった。
     
posted by ふきのとう at 20:03| Comment(10) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

冬瓜

                 川の堤に育つ
      家の横にある川巾3メートルほどの堤に今年も1本の冬瓜の苗が育つ。
      例年楽しみにしていて、早く気付くのだが、色々あって気付いた時には花が咲いていたのだった。
      今朝久しぶりに覗いてみると既に幾つか実を結び大きいものは近々収穫してもよさそうだ。

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      果たして成果はいか程か、生りすぎでも困るが、上げれば喜んでくれる知人も何人かいる。
      いずれも1/2、または1/4割にしてのこと。私自身も1つを食べきることは誠に困難なのだから。     

          冬瓜の一つもらふは大きかり    ふきのとう  
      
posted by ふきのとう at 08:29| Comment(8) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

音楽の教科書

               小学五年生

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       娘家族がやって来て、5年生の女の子は「〇〇じいじに聴かせたいからと
       リコーダーもって。

       「伊風堂々」生活発表会で演奏すると言う曲を丁寧に演奏してくれた。

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      韓国、朝鮮民謡の「アリラン」小学五年生の歌に相応しいと言うのか、果たして
      歌の意味、国と国との関係性をどの程度認識して歌っているのだろうか。
      もう一つの民謡トラジとは違い哀調を帯びたメロディは難しい。

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      誰もが周知のこの歌「こげよマイケル」南北戦争の時代の北軍の
      奴隷たちが島を去る時歌ったスピリチュアルを込めた歌だ。
      小学5年生は、どんな思いでこの歌と対峙するのだろうか。
      
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      国歌と銘打って「君が代」が教科書に掲載されていたとは驚いた。
      学校行事に招待された来賓の中には君が代斉唱、国旗掲揚には起立せず
      斉唱もしない幾人かの賓客を観ているからだ。
      ざっと眼を通しただけだが、70年も前、私の習った歌が何曲か残されていて懐かしい。

      アリランの歌口ずさむ白桔梗       ふきのとう

      季語の斡旋が良くないので意味もないのだが......
     
       
posted by ふきのとう at 14:59| Comment(4) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月23日

企業のセール

                    銅鐸
      近くに在る大手企業のセール、娘がやって来て招待状があるからと連れて行ってくれた。
      夫の面倒は高校生の男子と小5の2人がしてくれると言う。
      衣類、家具、バック、装飾品や雑貨など販売する倉庫はごった返している。
      気分転換に良いと誘われはしたものの、残念ながら状況上、購買欲が無い。
      そこで只一つ、目に付いたのが写真のミニチュアの銅鐸だった。

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      声の小さくなった夫の呼ぶ声が時に聞こえないこともあり、「そうだ、これを振ってもらおう」
      とすぐさま思った。
      左右の鰭の数も8つと縁起も良い。少し重たいかとも思ったが音色もすこぶる良く遠くまで届きそうだ。
      娘家族の誰もが「〇〇爺に相応しい」と好評だ。そして何より夫が気に入ってくれた。
      10×7cmの大きさだが、枕元に置くにはちょうど良い大きさだ。
      部活で後からやって来たもう1人の高校生と7人の夕食、久しぶりに私も通常の食事をしたのだった。

      風鐸の涼しき音に呼ばれたり       ふきのとう
      
posted by ふきのとう at 12:43| Comment(10) | 俳句 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする